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奇行種な次男とポンコツな脳筋悪役令嬢の物語  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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12/27

アイコンタクト

 睨み合うイライザとマシアス。

 イライザは両拳を挙げ構えていたが、脇腹に食らったダメージはまだ残っている。それでも、痛みは顔に出さない。人の顔面を殴ることに快感を覚えるゲス野郎には、死んでも屈したくなかった。

 だが、そこに乱入してきた者がいる。よりによって、出がらしケインだ。この状況で、もっとも役に立たない男──


「な、なんであんたが来るの!?」


 思わず叫んだイライザだったが、ケインはさらに暴走する。背が高く逞しい体をしたマシアスに向かい、こんなことを叫んだのだ。


「な、何やってるんですか? ねえ、あなた誰ですか?」


 素っ頓狂な声で言いながら、マシアスに近づいて行ったのだ。当然、マシアスはケインと話す気などない。


「バカなボンボンはすっこんでろ」


 言うなり、左のパンチを放つ。ビュンという音と共に、ケインの顔面に炸裂した。ケインは後方に吹っ飛び、顔面を両手で覆い叫ぶ。


「痛い! 痛い! 顔が痛いよ! 顔の骨が折れたあ! もう駄目だ! 死ぬ! 死ぬ!」


 訳のわからないことを言いながら、床を転げ回っている。

 そんなケインを、ギョッとした表情で見下ろしているのはマシアスだ。追い打ちをかけるでもなく、その場に固まっている。

 だが、それを見ているイライザも驚愕の表情を浮かべていた。


 今、パンチを額で受けていた。

 しかも、自ら後方に飛んでダメージを最小限にしていたわ……。


 相手の出したパンチを額で受ける、これは拳闘術の中にある防御テクニックだ。顎やこめかみなどの急所をガードし、頭蓋骨でも一番硬い部分である額で受ける……上手くいけば、相手の拳を骨折させられるのだ。

 固まっているマシアスとイライザ、床で転げ回るケイン、腰を抜かしているシーラ……だが今度は廊下から声が聞こえてきた。


「きゃあ! 猫ちゃん待って!」


 女生徒の声だ。それも、ひとりやふたりではない。かなりの数の女生徒が、三階に上がってきているらしい。

 マシアスは、ハッと我に返った。転げ回っているケインを睨みつける。


「今のが偶然かどうか、いずれ確かめさせてもらうぜ。今日のところは、このくらいにしといたる」


 そう言うと、マシアスは窓から外に飛び降りる。三階だが、綺麗に受け身を取り着地した。

 と、ケインはすぐに立ち上がった。さっと窓まで動き、外を見る。


 ◆◆◆


 その時、ケインははっきりと見た。

 マシアスは、凄まじい勢いで逃げていく……が、すれ違ったシモンと目を合わせていたのだ。

 間違いない。あれは、アイコンタクトだ。

 やはり、シモンが今回の刺客であった。ならば、あいつを潰すだけだ……と思った時だった。


「ケイン、今のは何?」


 鋭い声で詰問してきたのはイライザだ。真剣な眼差しで、じっとこちらを見つめている。

 マズい。このイライザ、ポンコツで脳筋だが強者を見る目は確かだ。今の動きを見て、何か気づいたのかもしれない。

 ケインは仕方なく、ヘラヘラした態度で答える。


「何って何ですか?」


「今、あなたは奴のパンチを額で受けた。これは格闘術の防御テクニック……しかも、あなたは自ら後方に飛んで、ダメージを最小限度に抑えた。これは、奇行種と呼ばれる無能にできることじゃない」


 やはり気づかれていた。ケインは、仕方なく答える。


「し、知りませんよ。偶然です偶然」


「それに、さっきまで顔が痛いだの骨が折れただの言っていた割には、奴が窓から飛び降りた時にはすぐに立ち上がり、窓から奴の動向を見ていた。どういうこと?」


 そこまで見ていたか……ケインは、どう誤魔化そうかと頭をフル回転させる。

 その時、イライザがケインの肩をつかんだ。


「ちょっと!? はっきり言いなさ……」


 イライザの言葉は、そこで止まった。驚愕の表情を浮かべ、ケインの肩を撫で回し始めたのだ。

 さらにマズいことになった。この脳筋令嬢は、ケインの体に触れ、筋肉の質や付き方から何かを悟ったのだ。

 しかし、そこに救いの女神が現れる。


「イライザさまあー! 私、怖かったですぅ!」


 そんなことを言いながら、イライザに抱きついてきたのはシーラである。イライザは、突然の出来事にされるがままだ。

 その隙に、ケインはパッと離れた。同時に、顔を両手で覆う。


「うわあぁ! 今になってまた顔が痛くなってきた! ぎゃあ痛い! ああ痛い! 死ぬ! 死んでしまう! 今すぐ病院に行きます!」


 叫びながら、部屋を飛び出した。すると、廊下には数人の女生徒がいた。皆、しゃがみこんで床の上にいるものを見ている。恍惚とした表情だ。

 彼女らの視線の先にいるのは、一匹の猫であった。言うまでもなく、猫耳小僧の変身した姿だ。床に背中をつけ、お腹を見せつつ体をくねらせている。その姿は、見ていて思わず笑みがこぼれてしまうくらい可愛らしいものだ。

 しかし、今はそれどころではない。ケインは、猫とアイコンタクトをし、すぐにその場を離れた。

 一方、室内でシーラに抱きつかれたイライザは、釈然としない表情で呟く。


「あの肉の付き方……ありえない」




 ケインは素早く階段を降りると、校舎裏で猫耳小僧と合流した。


「助かったニャ。ありがとうニャ」


 猫耳小僧が、珍しく申し訳なさそうな顔で頭を下げた。

 彼は妖魔である。本気を出して戦えば、マシアスには負けない。しかし、妖魔の本性を皆の前で晒して戦えば、今度は妖魔専門のハンターが出てきてしまう。となれば、イライザにも迷惑をかけることになるのだ。

 ある意味では、ケインと猫耳小僧の立場は似ている。だからこそ、仲良くなれたのかもしれない。


「構わないよ。こちらこそ、お前のお陰で女の子たちを呼べたからね。お互いさまさ。それに、やっと黒幕が割れたしね」


「黒幕?」


「ああ。マシアスを操っていたのは、間違いなくシモンだ。あいつの良くない噂は、以前から耳にしていたしね。こうなったら、今夜にでも叩き潰しにいくよ」


「俺も付き合うニャ。お嬢を傷つける奴は、許せないニャ。ケイン、徹底的にやってくれニャ」


「任せろ」


 言った時だった。突然、猫耳小僧の表情が変わる。


「マズい、お嬢が来たニャ。俺は逃げるから、お前は上手く誤魔化せニャ」


「ええ!? なんでだよ!?」


 叫ぶケインだったが、猫耳小僧はパッと校舎裏の木に登り姿を消した。

 入れ替わるように、走って来たのはイライザである。猛ダッシュしていたのか、息を弾ませていた。


「ちょっと! この出がらしが! こんなところで何をしているの!?」


 詰め寄ってくるイライザに、ケインは仕方なく軽薄な表情を作った。


「は、はあ。いや、この壁の染みがいい味出してるなあと思いまして……」


「どこがいい味なのよ! ただの染みじゃない! それに、さっきの話は終わってなくてよ!」


「えっ? さっきの話と言いますと?」


「あなた、あの下郎のパンチを額で受けましたよね。挙句、自ら後方に飛んでダメージを逃した。それに、あなたの筋肉の付き方……どういうことなの!?」


 言いながら、なおも詰め寄っていったイライザだったが、直後に顔をしかめうずくまる。マシアスに食らったボディーブローのダメージが、まだ残っているのだ。

 こうなると、放って逃げるわけにもいかない。ケインは、そっと彼女に肩を貸し声をかける。


「歩けますか?」


「あ、歩け……うぐぅ!」


 お嬢さまらしからぬ呻き声をあげたイライザを、ケインは支えつつゆっくり歩いていく。


「保健室に行きましょう。実は、最近父がセバスチャンっていう教育係を雇いましてね、そいつが無茶苦茶マッチョなんですよ。そいつのトレーニングに付き合わされているせいで、僕も少しは鍛えられたかもしれません……あ、でも僕喧嘩はすっごく弱いですからね」


「そ、そんなことわかってるわよ!」


 頬を赤らめ答えたイライザ。ふたりは、ゆっくりと歩いていった。






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