接触
その日も、セバスチャンは朝からハイテンションであった。
「いいですか坊っちゃん! 学園では、ドーンといくんですよ! バリバリです! バリバリ!」
「は、はあ……そうですね。バリバリですね」
ケインは相槌を打ちながらも、そのバリバリというのは何なのか考えていた。おそらくは何らかの擬音なのだろうが、その「何らか」の正体がわからない。
しかし、セバスチャンはなおも繰り返す。召使いたちの白い視線など、お構いなしだ。
「そうです! バリバリです! バリバリ!」
さすがの父レオンも、こいつを雇ったのは間違いだったかも……と思い始めているように見えた。一方、アベルはくすくす笑いながら、ふたりのやり取りを見ている。実のところ、アベルもかなりの天然なはずなのだが、イケメンぶりと優しさとでだいぶ印象をプラスにしていた。
「あと坊っちゃん! 今日の夕方は特別メニューの特訓をしますからね! ですから、道草せずに帰って来るのですよ!」
「はあ、了解です」
「ハハハ、ケインよ、とんでもない奴に好かれてしまったなあ」
学園への道すがら、アベルがそんなことを言ってきた。
「兄ちゃんてば、他人事だと思って……こっちは、いい迷惑だよ」
ブツブツ言っていたケインだったが、前方の光景を見た途端、その目が丸くなる。
あのイライザが、宿敵であるはずのシーラと腕を組んで歩いているのだ。シーラは盛んに話しかけ、イライザは顔を引きつらせつつも応じている……そんな感じであった。
そんなシーラに、爽やかに声をかけるのはアベルだ。
「おや、シーラさん。珍しい組み合わせだね」
すると、シーラの顔がさらに明るくなる。イライザから離れ、アベルのところに駆け寄っていった。
「アベルさま! イライザさんてば、凄く愉快な方ですの!」
「そのようだね」
その時、シーラはくるりと振り向いた。そして、イライザにとんでもないことを言う。
「イライザさん、あの面白い顔をやってみて!」
要は変顔をやれ、という無茶ぶりである。普通、顔に自信のある女の子の変顔は、往々にして変顔とは呼べないレベルのものが大半だ。むしろ、ちょっと顔の一部を歪めることで、己の可愛らしさをより強調するものの方が多い。
しかし、イライザは基本的に脳筋である。愛しのアベルの前でも、全力の変顔をやってしまうのであった。
「ブワハハハ!」
爆笑するアベル。顔を引きつらせながらも、笑顔のイライザ。横で見ているケインは、ひょっとしたら、本物の悪女はシーラの方では……などと考えてしまうのであった。
しかし、そんな彼らをじっと見つめている者がいた。シモンである。彼は、ヨハネと違い目立たないよう振る舞う男だ。
今回もまた、他の生徒たちに紛れつつ、三人の動向に目を配っていた。
そして昼休みになった。
ケインは少し離れた位置から、アベルとシーラとイライザが昼食を食べているさまを見守る。ケインの食事は、例によって黒パンの塊とプロテインなるポーションだ。貴族の食事としてはあまりにも侘しいが、彼はすっかり慣れてしまっている。
そんな彼に、声をかける者がいた。
「相変わらず、しょっぼい飯だニャ。いっそ、あの三人に混じったらどうかニャ? そうすれば、いろいろ分けてもらえるかもしれないニャよ」
猫耳小僧である。彼は、なんやかんや言ってもケインのことを気にかけているのだ。
「猫耳小僧、助かったよ。お前んとこのお嬢さまがシーラさんと友達になってくれたお陰で、僕も兄さんの方に注意を向けられる」
「変な奴だニャ。だいたい、お前はその気になれば宮殿に乗り込んで国王をぶん殴ることも可能ニャよ。そんな奴が、なんで頭お花畑のバカップルをガードしてるニャ」
「ほっといてくれよ。こっちにも、いろいろ事情があるの」
そんなことを言っていたケインだったが、その目はひとりの生徒を捉えていた。背は低く黒髪で、メガネをかけた陰気な顔は魅力的とは言い難い。
彼の名は、確かシモン・マイロード。彼の父はもともと商人であり、闇の世界にも知り合いが多いという噂だ。金で貴族の地位を買ったともっぱらの噂であり、学園でもあまり好かれてはいない。
そんなシモンが、なぜかアベルとシーラとイライザの方をチラチラ見ているのだ。無論、この三人に視線を向ける者は他にもいる。だが、それはレッドカードを出されたことにより「どんなひどい目に遭うのか」という好奇の目である。
しかし、シモンの向ける視線は微妙に異なるように思われた。
「あいつ、何なんだろうな」
思わず呟いたケインに、さっそく猫耳小僧は反応した。
「どうかしたのかニャ?」
「いや、さっきからあの三人をチラチラ見てる奴がいるんだよ」
「んなもん、いるに決まってるニャ。あんな面白トリオを見かけたら、俺だって見にいくニャよ」
「いや、そうじゃないんだよな。あいつの目配りは、他の奴らと違うんだよ」
「だったら、直接聞いてみればいいニャ」
「そうだな、やってみるか」
真顔で答えたケインに、さすがの猫耳小僧も慌てた。
「ちょ、ちょっと待つニャ! 今のは軽い冗談だニャ! 聞いたって答えるわけないニャ!」
しかし、ケインは止まらない。すたすたとシモンに近づいていく。その顔は、いつもの気弱な出がらし次男に戻っていた。
シモンはというと、ひとりでベンチに腰掛けている。何をするでもなく、ただボーッとしているようにしか見えない。
「や、やあ、僕はケイン・アリティー。そこに座ってもいいかい?」
卑屈な態度で話しかけてきたケインを、シモンは一瞥した。
「勝手に座れよ。どうせ、俺になんか用があるんだろ」
こいつ、ヨハネのようなバカとは違うな……などと思いつつ、ケインはベンチに座った。
「で、俺に何の用だ?」
「あのさ、僕の兄ちゃんにレッドカードというものが出されたらしいんだ。あれは何なのかな?」
「俺も知らない。みんなの話じゃ、レッドカードが出された奴はひどい目に遭うらしいぜ」
「えっ、そうなの?」
「ああ。だから、俺はあのふたりを観察しているんだ。レッドカードが出される人に、何か共通点があるのかと思ってな」
「共通点?」
「そう。その共通点がわかれば、レッドカードを避けられるだろ」
「なるほど……」
言いながら、ケインは頭の中で考えを巡らせていた。
この男、おそらく嘘をついている。だが、闇の生徒会だという確信はまだ持てない。他にも怪しそうな者はいる。
その時、シモンが目を細めてケインを見つめた。
「なんでそんなことを俺に聞くんだ?」
「えっ?」
「お前の噂は聞いてる。陰では、奇行種ケインだの、出がらしケインなどと呼ばれてるそうだな。そんな奴が、なんで俺にレッドカードのことを聞くんだ?」
マズいことになった。これ以上話すと、見抜かれる可能性がある。ここは、ひとまずずらかるしかない。
「それはね……う、うわあぁ!」
叫び声と共に、ケインはベンチから転げ落ちた。顔をしかめながら、腰をさする。
「お前、何やってんだよ……」
呆れた顔のシモンに、ケインは腰をさすりながら呻く。
「腰が痛い。骨が折れたかも。足も痛い。折れてるかも。腕も痛い。折れたかも。保健室に行ってくる」
言いながら、ケインは立ち上がる。あちこち骨折したわりには、大変に元気よく歩いていった。
その後ろ姿を見て、シモンは呟いた。
「まさかと思ったが、俺の思い過ごしか。あそこまでバカな奴が、闇の生徒会に楯突くはずがないな」
そこで、シモンの視線はアベルたちへと移る。笑顔で会話をしている三人を見て、チッと舌打ちした。
「笑っていられるのも、今のうちだぜ。今夜は、ボコボコに変形した面を鏡で見ることになる」




