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●吉宗の言うことなんか聞く気ねーからwww


個人的には、この人が大河ドラマにならないかなーと長年思ってるんですけど、無理かなぁ……


徳川をリスペクトできるのは、よくできた脚本のドラマの中だけなんですが、ひとりだけ例外がいます。


尾張藩の徳川宗春(むねはる)さんです!! キャー♡(≧▽≦)


暴れん坊な8代将軍吉宗の4つくらい歳下の、いとこか何かだったと思いました(適当)

吉宗は元は紀州藩主でしたが、シゴデキだって噂を聞きつけて、江戸が紀州から強引にヘッドハンティングした将軍です。


ただシゴデキっちゃシゴデキなんだけど、夢見がt……理想が高すぎて、幕府財政と一緒に庶民の懐まで把握・健全化しようとする人だったようで、庶民には人気なかったみたいですwww

暴れん坊将軍はフィクションです(笑)


将軍になって権力でかくなった途端に

「これから先、将軍はずっと俺の実家からだけ出す! 文句は受け付けん!」

とかいう、御三家って何だっけ? なトンデモルールを作ったワンマンパワハラ社長です(なんぼもしないうちに破られたけど笑)。

目安箱と厳しい規則作っただけで名君だとする教科書は、信じてはいけませんwww


吉宗が最初に贅沢禁止令、倹約令を出した将軍なのかな? 知らんけど。

庶民の楽しみを制限し、もちろん徳川家全員が吉宗のいうこと嫌々聞く……かと思いきや。


尾張藩主・徳川宗春は違いました。

「そんなケチくせー政策、守る必要ねーわ! 尾張は俺の国だぜ!!」


宗春さんは、傾奇者の部類なのかなと思います。

信長も利家も慶次郎さんも尾張だし……ロマンを感じたいのです(ꈍᴗꈍ)


唐人帽をかぶり、派手な羽織に、超長い朱塗りのキセルをふかし、庶民にまじって町で遊んでたという宗春さん。

吉宗の倹約令なんぞ歯牙にもかけず商売を許したため、尾張に行けばいいもん買えるし売れるぞと、江戸の客も店も尾張に流れてきちゃったそう。


宗春さんの行くとこ人が集まり、商売が活気づき、江戸とも上方とも違う独自の商売圏が生まれたのだそうです。愛されお殿さまでした。


この人こそ、リアル暴れん坊将軍(将軍ではないけど)だと思うのですよ。

そして、尾張の皆さまがこの人を愛し、忘れなかったからこそ、名古屋は東京大阪に負けない第3の都市のプライドを形成したのだと思うのです。


ただ残念なのは、吉宗の怒りを恐れた家臣たちが、うちの殿ご乱心! つって無理やり宗春さんを蟄居させ、亡くなるまで家臣の理解を得られなかったことですね……。吉宗も謹慎解除を許しませんでした。

ほんの数年で、宗春フィーバーは寂しい終焉を迎えたのでした。

どんだけぶっ飛んだ人だったのかなぁ……


前田慶次郎さんも、北の関ヶ原(長谷堂城の戦い)のあとは傾奇者引退して、粗末な庵で詩とか詠んでスローライフ満喫したそうだから、宗春さんもそうだといいなぁ…と夢を見てます。


大河とは言わない、単発ドラマでも……と思ったけど、映像化されない理由も、慶次郎さんと一緒かも。

『ふさわしい役者がいない』

(厳密には慶次郎さんは大昔、高橋英樹がやってました;)


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― 新着の感想 ―
江戸・江戸時代は好きだけれどアンチ徳川……ありだと思います(笑) で、思い出したのが、前話で倹約令関連の話で。ある意味、あの倹約令のおかげ? せいで? 「中間色文化」が根付いたという説。ロシア方面も含…
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