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●医者は免許いらないのにそれは免許いるんかい案件


さて、そろそろネタ切れなので(笑)、これで締めようかなと思います。

江戸の細かい『変なとこ』はいっぱいあるんだけど、うまく文章にできないものもあるので……。

また何か文章に纏められそうなやつあったら、追加するとします。



江戸の商売の、免許の話です。

簡単にできるような職種でも、免許がないとできないものがけっこうあります。


トイレの汲み取りとかね←

住人の栄養状態が良い長屋のトイレは肥料として高値がつくので、大家さんは元気な入居者募集中。周辺の農村の人と契約していて、肥……いや、自重しましょう(笑)。

江戸城なんか栄養豊富だから専属契約してて、運び出す舟は海上をブイブイ言わせてたそうです。


大八車を使うのも許可制です。道が傷むため、原則禁止。どうしてもっていうなら大名だけOK。


棒手(ぼて)振り、前載(ぜんざい)売り(出歩く八百屋)は、天秤を担いで豆腐や納豆、魚などの日々のおかずを売り歩く商売です。近隣の村から売りに来たりします。

他にも、飴売り、油売りなど、道中商売する人は多岐にわたります。自由にやってるように見えますが、これらは株を買わないと商売できません。それぞれの組合(株仲間)があるのです。

でないと趣味で釣った魚なんかを売り歩かれて、江戸が棒手振りで溢れますもんね。


『澪つくし料理帖』の澪ちゃんがこれ知らなくて、勝手に商売して怒られるシーンが最終巻?1個前?だかにあります。


この株仲間を奨励して商売活性化させたのが、田沼意次さんです。商売の独占を許す(そのお礼もらうから、賄賂政治なんて言われちゃうけど…)かわりに、売上のなんぼかを幕府で徴収しました。


逆に、株仲間を解散させたのがそれから30年後?くらいの天保の改革の水野忠邦。独占はおかしい!と自由にさせたら市場が大混乱になり、やっぱり必要と株仲間が再結成されました。現場を知らない人だったんだろうなー。

ここ教科書に載ってますんでテストに出そうですね(笑)



あんま、鍼も免許が必要です。……といっても、本当に全員免許取ってたかは分かりませんが。


江戸時代は目の見えない人がけっこういて、この人たちを幕府が保護する形で職を与えまして、それがあんま、鍼でした。……まぁ目的は、その売上を幕府に納めさせることですが。

大ボスは京都の公家(だと思った)。そのボスに会費払って階級を買い(検校、座頭とかは階級の名前です)、それで初めてあんま、金貸しなどの商売ができます。

大河『べらぼう』で鳥山検校とかがしょっぴかれたのは、その金貸し業がちょーっとやりすぎだったから。


拙作『三養堂』の大蔵があんま、鍼医です。これは、彼が一度捕縛されてて、かの長谷川平蔵が造った更生施設・人足寄場に送られたため。

ここは軽犯罪者の収容施設で、収容期間は3年。その間に釈放後の仕事に困らないよう、農業や大工、鍛冶、あんま、針仕事などの職業訓練を受けられ、その収入も貯金できるシステムでした。現在の刑務所のシステムを鬼平が作っていたのです。凄い!


で、大蔵は命の恩人である佐治施療院の役に立つべく、ここであんま、鍼の技を身につけた……という設定になります。なので免許…………どうなの?(笑)



で、一番の謎が医者なんですよね……なんで人の命を預かる職種が無免許OKなの……?


推測ですが、傷や腹痛くらいなら、山に生えてるアレとアレを塗ったり食べたりすれば治る、というお婆ちゃんの知恵袋的なやつが昔からあったから、わざわざ誰かに金払って治してもらうものではない、と考えられてた……のかな?

そのうち、その知識をめっちゃ蓄えた人が出てきて重宝された、とか。中国の文献とか入ってきてるだろうし。


外科はよく分かりません……。三国志時代に関羽とか周瑜が縫われたりしてるから、縫うって行為は知ってたはずよね。実践した人がいたかは分からんけど。

だからなのか、外科(当時は、がいりょう、と呼びました)は差別用語でした。『外道』の外です。内科(漢方医)は自分たちこそが医者オブ医者!ということで、『本道』と称しました。


せっかく医者の話が出たので、ネタばらしをひとつ。『三養堂』の佐治施療院のモデルにしてしまったお医者さんは、今なお千住に健在です(^^;)ここには書きませんが、千住、骨接ぎでググれば一発で出てきます。

が、侠客がやってる設定にしちゃったので、昨今は色々怖いので、書籍版では架空住所でお届けいたします(^^;)いつか行ってみたい、そして遠目で謝りたい…;


江戸時代になっても、庶民が病気したらまずすることは、神頼みだったそうです。どっかの寺や神社の御札を焼いて灰にして飲むのは、そういう理由です。薬はお高いのです。


というか……薬を調合して健康に!って、東照大権現サマたる徳川家康がやってたことじゃありませんでしたっけ? たしかあの人、薬オタクよね?


そんな東照大権現サマの健康思想が全く引き継がれることなく、幕府は薬を調合する者に免許を与えることもなく野放しで、自称医者があやしげな薬を量産してガッポリ儲けてたりする。

それが江戸www



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― 新着の感想 ―
昭和初期ぐらいまで、亡くなった後に医者を呼んで「お亡くなりになった」と、みてもらっただけでももう十分、家族に大事に見送られた、的な雰囲気だった、らしいですね。 江戸時代ぐらいの医者に診てもらえるほどの…
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