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●意地の悪いのは……


武士多すぎによる弊害シリーズ第2弾!


前回、御鷹部屋なる給料泥棒を紹介しましたが、閑職でも就職できてればまだいい方かなと思われます。

武士もピラミッド型社会。底辺の人数が一番多いわけで、完全無職も大勢いました。

そうなると、ろくなことしません。庶民に意地悪する感じ悪い奴が出てくるわけです。


よく言われるのが『意地の悪いのは本所の御家人』というやつですね。

三養堂でも使おうかなと思ったんですが、本所の御家人全員がそうとは思わないし(だって遠山の金さんも大岡越前も鬼平も本所に住んでたので。本所の旗本だけどね)、今の本所の皆さまに失礼かなと……


いや『本所の御家人意地悪い』と『上野はラブホばっか』とどっちがマシかなとは思うんですが……


そもそも何故、本所の御家人が意地悪いのか。

江戸の街は、もちろん江戸城に近いほど一等地です。神田川上流などから水を引いた上水道の井戸があり(水道井戸といいます)、生活しやすいのが、隅田川の西側。東側(本所、深川)には、この水道がありません。


さらに東側は『川向こう』と呼ばれ、差別とまではいかなくても『田舎』と江戸城側からは扱われてました。江戸田舎って言葉もあるくらいです。

でも土地はあるんで、大名の下屋敷が多く建てられます。

これが原因。


参勤交代で江戸にきた藩主が滞在する上屋敷、その別荘的な(嫡男とか側室とかいる)中屋敷は、仕える皆さまの仕事はたくさんあるでしょう。

でも下屋敷は、隠居した元藩主でも住まない限りは、ただの空き地です(マジで)。

なんか、物置小屋とかあったらしいです。


参勤交代で殿様についてきた下っ端らは、この下屋敷にある長屋で、なーーんもすることなく、任期終了まで過ごすのです。

置いてこいよ……;可哀想だよ……本国にいた方がまだ畑仕事とかできるだろうに(ガイドブック片手に江戸キャホー!とはやってたらしいですけども)


これが酷いのですが、江戸の武士は基本、畑仕事、釣り、商売、買い食い禁止です。(江戸後期にはちょっとゆるむけど)


ひっくーい給料は出るので、ごはんは自炊。

釣りはしても釣った魚を食べるの禁止。

買い食いしたいときは、ほっかむりして武士だとバレないように変装します。多分バレてたと思うけど。

時代劇で傘張りの内職してる人なんかは、バレないようにこっそりやってるわけです。あるじ公認だったかもしれないけどね……


やってらんねえわー!!!!

ってなる武士が本所の割合が高かった、ということですね。で、庶民に当たって鬱憤を晴らします。


武士長屋は2階建てだったりして、窓の下をもち屋が通ると声をかけて「全部買ってやるから、これにもち入れろ」と、紐つきの籠がするする降りてきます。

もち屋が商品を入れると籠が引き上げられ、お代の入った籠が降りて……こないんですねーこれが。

そういうことするんです。そりゃー嫌われます。


赤穂浪士の討ち入りが成功したのは、吉良邸が本所にあったからだと言われます。

吉良上野介がいたのは、本所の下屋敷。上記のような土地柄なんで、町の皆さまが敵討ちをめっちゃ応援したのです。


本当は時代劇みたいに雪も降ってないし月も出てなかったんだっけ?(笑)で真っ暗だったけど、町内総出で赤穂浪士の歩く道を提灯で照らし、灯りつけたくない吉良邸をも、町民がめっちゃライト焚いてくれたとか(笑)

サーチライトで吉良照らすくらいのことしてそう。


本当は吉良、悪人じゃなかったんだよ! という説もありますが、町民から「討たれろー!」と思われてたのは確かだよなぁ(笑)


※吉良家は将軍家のマナー講師の家系だったんで、マナー教えて♡面倒い仕事は他に回して♡と、山吹色のお菓子をもらうのが当然だったそうです。

地方の新入社員だった浅野内匠頭はその知識がなく、山吹色を渡しませんでした。なので、マナー教えてもらえず面倒い仕事回されたことをパワハラと認識、ブチ切れた……というのが松の廊下までの流れです。


江戸初期にいた旗本奴(はたもとやっこ)という連中は、そうした後継ぎでもなく、職にもつけず、仕事も許されず、屋敷の中でただ冷や飯を食うだけの武家の次男三男でした。

そんで、それを幕府が苛烈に取り締まります。それを生んだの誰なんだ、ていう。


石田三成が「秀吉様が天下統一したら戦はなくなるんだから、武士も刀を捨てて鍬を持つべきだ」と言って、さらに嫌われたんですけど(^^;)

そのとき徳川は「豊臣は武士を冷遇する気だ。俺が天下とったら、そんなことにはならない」と言って味方を集めたんですよね。で、実際天下とったら手のひら返して、三成が言ってたことを実行するわけです。

しかも鍬を持たせてもくれないわけです。(地方では持ってるとこもあったけど、江戸は禁止)


農民と同化して畑を耕し、地域に貢献する武士と。

屋敷の中に引きこもらされ、ただ飼い殺される武士と。

どっちがマシなんでしょうね?

そして、意地の悪いのは本所の御家人だけでしょうかね?


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