第8話 未来の自分
「タイムマシン、か……」
空を見上げながら、そう呟く。現在俺は、時間警察の拠点——公園——のベンチに座っている。葵さんに公園からでなければ、散歩しても良いとお許しを得たので気分転換がてら少し歩くことにしたのだ。それに、考えないといけない事もある。
——過去を変えてもいいのか
今日と昨日の二日間で、ずっと先送りにしてきた問題だ。過去を変えたい、というのが俺の気持ちで間違いはない。だが、過去を変えれば当然、未来が変わり未来に住んでいる人達も消える。一人を救う代わりに、世界が滅ぶ。
「なんで悩んでるんだよ」
誰もいない、静止した空に悪態をつく。もし仮に、俺が香織のために、世界くらい滅ぼせるのならば、こんな事悩む必要はいだろう。本当に彼女が好きなのならば、迷わず過去を変えウという選択をするはずだ。
——俺は、香織が好きじゃないのだろうか
そんな疑問が、頭をよぎる。本当は好きじゃなかった。もしくは、好きな女のために世界を滅ぼす覚悟すらできない、ダメ人間。おそらく俺は、後者だろう。要するに俺は、日和っているのだ。
「はぁ……」
自分の不甲斐なさにため息が出る。そして、ため息ばかりで何もしない自分に更に自己嫌悪に陥る。そんな負のループにはまっていると、金髪の女性——みらいさんが近づいてきた。
「気分は、落ち着いた?」
未来さんは、そう言いながら俺の隣に座る。ベンチが濡れていることに座ってから気づいたからか、一瞬びくっとする。
「まぁ、それなりには落ち着きました」
「そっかぁ。でも、その割には浮かない顔をしてるね」
彼女の鋭い指摘に、思わず背筋が伸びてしまう。そんなに顔に出ていたのだろうか。いや、彼女がそういう人の機微に敏感なのか。そこまでは分からない。だが、多少警戒心は芽生えた。そんな俺を見て、彼女はクスッと笑ってこう言った。
「あぁ、そんなに気を張らなくて大丈夫だよ……やっぱり、過去を変えるか悩んでる?」
「はい。まぁ……」
やはり、バレていた。そして、その答えにくい質問に曖昧な返事になってしまう。
「やっぱり、過去は変えてほしくないですか?」
「そうだねぇ。過去変わったら私死んじゃうし」
彼女は、あっけらかんと答える。まるで、何事でもないかのように。いや、もしかしたら本当に過去を変えてほしくないのかもしれないが、彼女の人当たりの良い笑顔でからは、何も読み取れない。その表情は、何を考えているのか分からない時野さんと同じ感じがした。
「何で、そんなに平気そうなんですか?」
「いや、内心はドキドキだよ?でも今回は、あまり干渉できないから」
「干渉……と言いますと?」
「未来の君が、タイムマシンの開発者っていう身内だからねぇ。本当は、君に会うこと自体危ない行為なの」
それを聞いて、納得する。彼女からしたら、俺も過去の人物なので、未来に影響が出るかもしれないのか。現に時野さんも、俺は一瞬しか過去に干渉できないと言っていた。
「今は、過去への影響を抑えるこの空間があるから大丈夫なんだけどね。あ、これも先生——未来の君が開発したものなんだよ?」
「これを……俺が?」
止まっている世界。これ、俺が作ったのか。いや、正確には時間を止め、過去への影響を抑える装置なのだろうが、素直にすごいと思った。未来の自分に。これを作るのにどれだけの時間と労力を費やしたのだろうか。というか、未来の俺は、なぜこんな物を?こんな物を作ろうと思う理由なんて、それこそ——、
「未来の俺は、どんな感じなんですか?」
「うーん、誰に対しても優しい……おじいちゃん?」
「おじいちゃん……」
どうやら、未来の俺はおじいちゃんらしい。彼女の懐かしそうな顔を見る限り、未来の俺と彼女は相当仲が良かったようだ。
「あとは……時空間論における天才、とかかな。この装置だったり、タイムマシンだったり、後は放浪者の研究だったり……とにかく凄いの」
「放浪者?」
放浪者、と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、時野さんの事だ。彼女も一晩止めてもらう代わりに、過去を変える手伝いをしている、と言っていた。
「あっ、そっか。知らないんだよね。時間放浪者って言うのは、時間の理から外れてしまった人達のことを言うの」
「達?」
「そう……って言っても、今の所確認されているのは、時野美月とあーちゃん——葵だけなんだけど」
やはり、時野さんも時の放浪者らしい。
それから俺は、みらいさんから時間放浪者について説明を受けた。時間放浪者に関して、確認されているのは2パターン。一つは、未来の変動に記憶を持ち越すタイプ。これは、葵さんのパターンらしい。二つ目は、未来の変動に全く影響されないタイプ。これは、時野さんのタイプらしい。時間移動の能力がこれに付随するものなのかは、分かっていないらしい。一つ目に関しては研究が進んでおり、論理的には人工的に作れるのだとか。
それにしても記憶を持ち越す、か。未来が変われば、全く違う交友関係、全く違う環境になってしまう。それはやはり、つらい事なのだろう。少なくとも、時間警察に入ろうと思うくらいには。
そんなことを思っていると、話題の人物——葵さんが近づいてきた。
「結論を、聞きに来ました」
どうやら、俺にはもう時間がないらしい。そう、直感する。
「あなたが、過去を変えるのか、変えないのかで私の今後の対応が変わります」
その声は、真面目で、おそらく本気なのだろう。空気に緊張が帯びるのを肌でも感じる。そして、彼女は、一拍置いてから口を開いた。
「あなたは、過去を変えますか?」
「俺は、」
答えは、まだ出ていない。分かるのは、この返答が大事だという事だけだ。香織か、世界か、
「俺は——、」
その瞬間、プルルルルっという一本の電話の着信。その音が、静止した世界に響いた。




