第9話 やるべきこと
静止した世界に、プルルルルっという電話の音が響く。
画面に書いてある電話番号は、文字化けしていて、誰からの電話なのか分からない。
「出てもいいですか?」
そう、目の前にいる葵さんに問いかけると、彼女は無言で頷く。どうやら、出ても良いらしい。特に電話に驚いた様子がないので、この電話の先にいる人物に、心当たりがあるのだろう。俺も一応、二人ほど心当たりがある。
画面にある緑の電話ボタンを押して、電話に出る。
「もしもし」
『よう、』
しわがれた老人の声が、電話の向こうから聞こえてくる。声から推測するにおそらく男性だろう。そして、その人物は多分予想していた内の一人だ。
『初めまして……っつうのも変だな、過去の俺』
「俺からしたら完全に初めましてだけどな、未来の俺」
そう、この電話の相手は未来の俺。未来でタイムマシンを開発した大天才だった。
◆◇◆◇◆
降り注ぐ弾幕を走りながら避けて、日本刀を横なぎに振るい、最後の敵を真っ二つにする。
「ふぅ……」
息を吐いて、息を整える。一体一体は、雑魚だが、如何せん数が多い。この後の戦いの事も考えると能力を使うわけにもいかず、結局この日本刀一本で戦うしかなかった。
その日本刀は未来のロボットの特殊な素材を切り続けたにも関わらず、刃こぼれもなく綺麗な刀身を保っている。むしろ、ロボットを切り続けてさらに輝きを増した様にさえ思える。
「流石は、彼の愛刀と言ったところですか」
戦国時代に出会った共犯者の事を思い出しつつ、周りを見る。頭と胴が分かれた個体、上下に分かれた個体。コアを一撃で突かれ、動かなくなった個体。様々な壊され方をしたロボットの残骸が、大通りほど広くはないにしろ、そこそこ広かったはずの道を埋め尽くしている。
この残骸をどうするか。彼が過去を変えれば、この未来産のロボットも消えてくれるが……問題は彼が過去を変えなかった場合。出来るだけ、過去を変えた際の未来への影響を隠したのだが、彼はおそらく気づいてる。私の行動からか、それとも言動からか。どこかで不審に思われてしまったのだろう。
「私も、まだまだ精進が必要ですね」
そんな、未来を変え続けてきた犯罪者の独り言が、世界に溶けていった。
◆◇◆◇◆
「それで?何の用だ……ですか?」
電話の先にいる未来の自分に、問いかける。
『そんな畏まらなくてもいいぜ、俺。自分なんだから』
そう言われても、自分からしたら初対面の相手とほぼ同じなので、無理な話だ。それに、何故か口調が今よりも好戦的になっているような気がする。そんな風に、若干委縮している自分を見透かすように——と言っても自分の事なので恐らく、分かった上で彼は言った。
『権力者ともそれなりに会うんだよ。舐められないように口調くらい変えるさ』
彼の言葉を聞いて、あぁ、確かにと納得する。彼はタイムマシンの開発者なのだ。権力者にも会うし、タイムマシンを利用しようとするやつも、一定数居るのだろう。
『それで?お前はどうなんだよ。どうせお前の事だから、チキってんだろ?』
図星だった。俺の動揺を察してか、それとも分かり切っていた事だったのか、彼は続ける。
『やっぱりな。そんな事だろうと思ったよ』
嘲笑するような、呆れるような、そんな声。分かり切った風に言う彼の態度に、俺は少し、怒りを覚えた。
「あんたこそ、どうなんだよ」
怒りを吐き出すように、言葉を続ける。それは多分、見透かされたというよりも、ただ単純に自己嫌悪だったのだと思う。怒号にも近い声が公園に響いて、テントで作業していた何人かがこちらを振り向く。
「俺はあの日、あの屋上で、飛び降りようとした、していた‼。あんただって、チキったからそこにいるんだろ?」
『あぁ、そうだ。俺はあの日、飛び降りなかった』
やけにあっさり、彼は認めた。落ち着いた声で、淡々と。だが、その声には確かな後悔と、その日の自分に対する怒りが、込められていたような気がした。
『諦めなければ良い。そうだ、タイムマシンを作ろうなんて、バカげた現実逃避を並べて、俺は逃げた』
その言葉の意味が、なんとなく分かる。分かってしまう。時野さんに会っていなかったら、多分俺は逃げていた。その風景が、容易に想像できる。
『だが、俺には才能があった。30歳でタイムマシンを作って、そこからは過去に影響を与えないようにする装置やらも作って、本当に過去を変える一歩手前まで来た』
おそらく、彼が言っている装置というのは、この空間を作っている物の事だろう。過去を変えるその瞬間まで、極力過去に影響を与えないための装置。
『でも、失敗した。組織に見つかってな。チキって決行日を遅らせて、遅らせて。チンタラしてる内にな』
後悔。その気持ちだけが伝わってくる。実際、彼はかなり後悔して、落ち込んだのだろう。そして、彼は大きく息をついて、言った。
『俺は……俺達はいつも逃げてきた。チキってきた。そのせいで、こんなことになってる』
そうだ。俺がもっと、早く告白しようと思っていれば。それが、一日でも早かったのなら香織は死ななかった。
『こうなってきたのは多分、俺が、俺自身で決めて、決断してきたからだ。そういう性分なんだよ、俺たちは』
そうだろうな。俺は、自由にしろと言われるよりも、命令される方が好きだ。香織を好きになったのも、彼女が俺を、引っ張ってくれるような存在だったからかもしれない。
『だから、言う。俺が、お前に』
『お前は、お前のやるべきことをやれ』




