第6話 ——そして世界は静止した
——最初の一歩で、夜空になった
彼女に手を引かれ、俺は一歩を踏み出す。気づくと朝だったはずの周りの風景は、真夜中の風景と化していた。
——続く二歩目で昼となり、再び夜が訪れた
太陽が西から出て、東へ落ちる。そうすると、再び月が出て、夜になる。映画のフィルムを逆に回したような、そんな風景が一歩の間に、続いて、続いて、続いて
——そして、最後の一歩で朝が訪れた
◆◇◆◇◆
「着きましたよ」
彼女に言われて、我に返る。そして周りを見——ようとして、自分に降ってきている雨粒に気づく。空を見て見ると、先程までは雲一つない晴天だったというのに、今は青空どころか空一面、薄灰色の雲で覆われていた。
「これ、差してください」
そう言って差し出してくるのは、黒い傘だ。彼女と初めて会った時に差していた傘とおそらく同じ物だろう。そして、何もないところから取り出したのを見るに、傘は腕輪に収納していたのだろう。
俺はその傘を受け取って、彼女を入れるようにして差す。一人用の大きさなので肩がはみ出てしまう。俺は、時野さんが濡れないように彼女側に傘を寄せながら、気になったことを聞いてみる。
「そういえば、その腕輪の名前って何なんですか?」
すると彼女は、明らかに目をそらしてバツの悪そうにこう言った。
「あぁ~えぇっと、これ、時間警察から略だtゲフンゲフン、貰ったものなので名前知らないんですよね」
「今すごい事言いかけませんでした!?」
テヘペロっと舌を少し出しながら、そう言う。っていうか、ちょっとずつ、彼女が近づいてる気がする。彼女の髪から、家のシャンプーの匂いがした。
「時野さん……ちょっと近いです」
「きゃっ、ご、ごめんなさい」
そう言うと彼女は、慌てて離れ、顔を赤らめる。それを見るとなぜかこっちまで赤くな——
「もしかして、楽しんでます?」
らない。彼女は一見、恥ずかしがっているように見えて口角が上がっていたし、それ以前に
「あなた、きゃっなんて言うキャラじゃないでしょう」
「ありゃりゃ、バレちゃいましたか。相合傘、何気に初めてしたのでこういう事やってみたかったんですよね」
「…………」
俺が彼女の事をジロリと睨むと彼女はあはは……と苦笑いしながら言った。
「え、えぇっと……腕輪の名前でしたね。名前は知らないので私は『収納ちゃん』と呼んでいます」
「いや、ネーミングセンス……っていうか最初からそれ言えばよかったじゃないですか」
「今名付けました」
「今名付けたの!?」
思わず突っ込んでしまう。っていうかこの人、さっきから緊張感ないのか。今から過去を変えるというのに、彼女と話していると緊張感が抜けてしまう。
「さて、お遊びはこれくらいにして……ここからは作戦会議です」
「は、はぁ……」
急に、スンって顔になって真面目な話をしだす彼女。情緒どうなってんだ。
「まず、最初に、今回の過去改変の目標は事故に逢った幼馴染を助けること、これで合っていますか?」
「はい。合っています」
一つずつ、丁寧に、分かりやすく話をまとめていく彼女。俺が彼女の問いに頷くと、彼女も頷いて話を続ける。
「それで……あなたは、どうやって過去を変えようと思っていますか?」
「えっと、普通に話して止めようかと……これじゃダメですかね」
この話題を振るという事は、特殊な方法があるか、それとも何か制約があるのか。過去改変のイメージ的には、後者の方が可能性が高いように感じる。
「いえ、私の説明不足でした。過去を変える際の注意点ですが……あなたは一つの行動しかできません」
「一つの行動?」
「はい。今は私の力で、未来への影響を抑えています。ですが、貴方が何か大きなアクションをした場合、その瞬間に未来が変わり、未来の人物である貴方は、消えます」
指を一本立てながら、彼女はそう言う。
要するに俺が過去に介入できるのは、一瞬だけ。俺が大きな変化——それこそ香織を助けた瞬間に、過去が変わって今、時野さんと話している俺は消えてしまのだ。今の俺は、香織が死んだからここにいるのだから。
「一番効果的なのは、メッセージアプリを送信することですが……今回は事故の時間まで時間がないので、メッセージを見ない可能性があります」
確かに、メッセージアプリならば、過去に干渉するのは「メッセージを送った」というワンアクションのみであり、その一瞬でかなりの情報量を伝えることが出来る。だが、彼女が言うように事故が起きる前に読まれないと意味がないし、何より、香織はスマホの返信が遅い。
「なので今回は、貴方の幼馴染——香織さんを突き飛ばすなり、庇うなりして、事故から守ってください」
えぇ……いきなり雑になった。これは作戦会議じゃなかったのか。っというか、その言い方だとまるで時野さんは協力してくれないような——
「えぇ、その通りですよ。私は別件に対応するので、動けません」
「別件って——」
その瞬間だった。
——世界が静止した。
降り続けていた雨粒は落ちる途中で止まっており、世界から、音が消える。いや、消えてはいない。雨粒の音が消えて静かになっただけだ。
俺は周りの様子を確認しようと、後ろを振りむこうとして——
「動くな」
背後から、若い女性の声が響いた。




