第31話 倒せるタイプの徘徊型ボスエネミーがいる病院
頬に伝わる冷たい感触で、わたしは目を覚ました。目を開くと視界の大半が床で、自分が床に倒れてしまっているのだと、わたしは気づく。
――ひどく、心が冷めていた
パニックになってもおかしくない状況なのに頭は冷静で、心も凪のように静かになっていた。それが、わたしが最後に言った言葉のせいなのか、わたしには分からない。
体もだるい。夢を見ていたせいか、頭も痛い。それでも、わたしは自分の状況を把握するため、体に鞭を打って体を起こす。
「もう、夜になってる?」
最初に目に入ったのは、窓の外に映る綺麗な満月。そして、わたしが倒れていたのは病室だった。倒れる前に居たのも病室なので当然と言えば当然なのだけど、さっきまではお昼だったのに窓の外の景色が夜になっている事がすごく違和感だった。
――そして、病院の内装を見て、気づく
わたしの知らない病室だった。小さな冷蔵庫も、わたし達の写真が入ってる写真立てもない。ベッドはきれいで、まだ誰も使っていない新品のようだった。
「ここは、どこ?」
◆◇◆◇◆
——景色が変わった
今回は、20年前と違って俺と時野さんは動いていない。周りの景色だけが動いていき、人が逆に歩いていき、記憶の中よりも速い速度で過去に向かって進んでいく。
——過去への逆流が加速していく
自分が何処にいるのか分からない。室内にいたと思えば、外にいる。そう思った次の瞬間には、室内にいる。そんな風景が続いて、続いて、続いて
——そして気づけば、俺たちが立っていたのは夜の病院だった
「着きましたよ」
その一言で我に返った俺は、時野さんの言葉に既視感を覚える。
周りを見るとそこは、病院の廊下だった。ライトのつき方が最小限なのと、人気が全くしない所から外はおそらく夜なのだと察せられた。
「ここは?」
「虹心ちゃんの誕生日の一日前です。流石に時間までは聞いてないので前の日の夜にしました」
「あぁ、知ってたんですね。時野さんって意外と抜けてるので行く時間を聞いてなかったとかありそうですけど」
「失礼ですね。わたしは天然はありませんよ」
むっとしながら時野さんは俺の言葉に返してくる。
そうは言うが、時野さんは意外と抜けていると思う。それこそ、天然と呼べるほどには。彼女と共に過ごしたのは20年前のあの日を含めて2日ほど。その中でもかなり印象に残っているのが、あのカフェの事件だ。今となっては笑い話だが、当時はかなり気まずかったのを覚えている。
「目的地を聞き忘れるなんてそんなこと……………そんなことあるわけないじゃないですか」
「何で目を逸らすんですか!?」
目を逸らして言う時野さんに俺は、そうツッコんでしまう。あの反応………もしかしなくても既に経験済みなのか?
「と、とにかく。今は虹心ちゃん達です。香織さんが何処か分かりますか?」
「香織の出産が始まるのは………確か早朝なのでまだ病室だと思います」
「早朝なら急がなくても大丈夫そうですね。バレない事優先で行きましょうか」
そう言われて気づく。確かに、こんな真夜中に病院を歩いているのがバレたらさすがにマズイ。まぁ一応出産で呼ばれたと言えば誤魔化せそうではあるのだが。
「そうですね……って、何ですかそれ」
「これですか?式神ですよ」
時野さんが、何もない場所から取り出したのは二枚の綺麗な紙。おそらく『収納ちゃん』で取り出したのだろう。そして、紙の形にはアニメや漫画で見覚えがあった。陰陽術などで式神を呼んだりする「形代」というやつだ。
「この病院、何でかは知らないですけど面倒くさい幽霊が徘徊してるんですよ。16年後の事なのでこの時代にいるかは分かりませんが」
「それって大丈夫なんですか?」
「一応倒せるので大丈夫ですよ。ただ、一瞬倒そうとすると結構消耗するのであまり会いたくはありませんね。例えるなら………そう、倒せるタイプの徘徊型ボスエネミーですね」
「確かにあのタイプは面倒………じゃなくて、まぁ何となくイメージはつかめました」
良い例えが言えて嬉しいのか、ドヤ顔している時野さんを見て突っ込みたくなるが、抑える。
時野さんが「形代」を投げると、形代が光り、二人の子供が出てきた。巫女服を着た男の子と女の子で金色の髪に目立ったケモミミ、尻尾が生えていた。狐の獣人のような姿だ。
「ケモミミ………初めて見ました」
「そりゃぁそうでしょう。ききょう、さくら、あれが来たときはお願いしますね」
「りょーかいしたぞ、あるじ!!」
「……………」
ききょうと呼ばれた男の子は、時野さんの言葉に元気よく返事をし、さくらと呼ばれた女の子は無言でコクリと頷く。
「それじゃあ行きましょうか――」
――その時だった。コツコツと、廊下の先から看護師の女性が姿を見せた
「あなた達………って一人?それに」
「え?」
そう言われて隣を見るが、時野さん達はいない。
「西野さん………ですよね」
「え、は、はいそうです。妻が産気づいたって電話があったんですけど、受付に誰もいなくて」
俺はとっさに、さっき考えていた言い訳を口走る。がばがばな言い訳なので通じればいいのだが。
「え?西野さんのそんな話はまだ………あぁ、もしかして。すみません。現在違う方が出産されていて………多分その人との勘違い電話かと」
看護師さんは申し訳なさそうにそう言う。どうやら、他の人が出産の最中らしい。そして都合よく解釈してくれたようだった。
「あ、あぁそうなんですか。良かったです。なら、自分はこれで」
「は、はい。申し訳ございませんでした」
言い訳を並べた俺は、廊下の出口につながっている方に歩き出す。時野さんが何処に行ったのかは分からないが、多分どこかで見ているだろう。
そして、曲がり角を曲がった所でふぅっと息をつく。何とか難を逃れたようだ。
「演技上手いんですね」
「いたんですか」
「ずっと隣いましたよ。ききょうとさくらの幻術で」
幻術………確かに狐の獣人と言えば幻術と言うのは定番だが。
「何はともかく、今回はごまかせましたが次はそうはいかないでしょう」
「そうですねっていうか、俺話しちゃったんですけど未来変わっちゃいませんか?」
俺はふと気になった事を言う。前回――20年前は過去に干渉できるのは未来が変わるので一瞬だと言っていたような気がするのだが。
「それについては、わたしの能力で………って、今はバレないように移動しましょうか」
能力。時野さんは「猟犬」が小規模の現実改変を使えて、自分には使えないと言っていた。つまり、アニメや漫画で言う「固有能力」という奴だろうか?今はこんなことを考えている場合ではないのだが、時間を研究しているので、どうしても考えてしまう。
「今度こそはバレないように向かいましょうか幽霊にも、人にもね」
「そうですね。次は流石にバレたらヤバイですし」
「そうなのか!!」
「……………」
そう言って俺たち四人は、香織の病室に向かって歩き出すのだった。




