第30話 自己嫌悪
――失敗した
過去を変えても結局、わたし達は出会ってしまった。それも、いずれ別れが来ると言う事を彼女達が知ってしまっているという最悪の形で。
――失敗した
過去を変えた後の世界で、おかあさんとおとうさんに隠していたこの病気はバレてる。そして今のわたしは、二人が裏で泣いていることを知っている。
――失敗した
おばあちゃんにも、悲しい思いをさせてしまった。孫が自分よりも早く死ぬなんて、と病室で嘆いていたのを今のわたしは知っている。
結局わたしは、 は、何をしても無駄なのだ。自身の死の間際の願いすら叶えることができない。わたしはただ、わたしの大切な人達に幸せに――
「嘘つき」
その一言でわたしは、我に返る。いつの間にかわたしが居たのは、いつもとは違う意味で見慣れた夜の病室だった。
――今、わたしが入院している病室だ
「ここは…………夢?」
「そうよ?ここはあなたの夢」
わたしの独り言に答えたのは、ベッドにいるもう一人の自分。彼女の眼はまっすぐとわたしを捉えていた。前の夢の続きのように。
前と違っていたのは表情があった事。彼女がわたしを見る目には、嘲笑が浮かんでいた。そして、実際に彼女は鼻で笑いながらわたしを罵ってくる。
「それで?あなたはこれで満足?過去を変えて、状況はさらに悪化して、あなたが望んだ事は何一つ叶ってない」
彼女の一言に、夢なのに部屋の温度が下がった気がした。でも、そんな事よりも彼女が言おうとしている事が、怖かった。
「それもそうよね。わたし本当は――」
「やめてよ!!」
我慢できずにわたしの叫び声が、暗い病室に反響する。彼女が何を言おうとしたのか、分かっているし、自分でも理解している。だからこそ、わたしの口から言わせてはならない。
それでも、彼女は口を開いた。まるで、わたしの意に背くことが心底楽しいとでもいうように。
「死ぬのが怖いだけでしょう?」
◆◇◆◇◆
わたしが初めて自分が死ぬと自覚してから、わたしは3日ほど寝込んだ。最初は体調が悪くなるまでの間隔も長くて、寝込んでいる内は特に体調が悪くなったりはしなかった。肉体的には。
「死にたくない」
布団をかぶって、小声でそう呟く。声は震えていて、のどはカラカラ。ご飯も、おかゆくらいしかのどを通らない。
誰にも相談できなかった。だって、相談すれば病院に行かないといけなくなる。病院に行けば、医師から告げられるのはきっと余命。それが分かっているからこそ、それを確定させてしまうのが怖かった。
「死んだら、どうなるのかな」
ここ3日間、ずっと問いかけてきた疑問。死ねば、何も感じなくなるのだろうか。それとも、何もない暗闇に居続けるとか?どっちも嫌だなぁ。
そんなことを考えながら、泣いては寝て、吐いて、泣いては寝てを繰り返す。それでも、死の恐怖というものは大きいようで、薄れる事はなかった。
「 。ご飯の時間だけど、食べれる?」
コンコン、とノックをする母の声が聞こえる。その声からは心配が感じられた。
気づけば、カーテンの端から漏れる光は夕日の物になっていた。さっきまで朝だったのに、時間の流れが速く感じる。
「うん。大丈夫。すぐ行く」
かすれた声で、扉の先にいる母親に伝える。すると、ほっとした気配と共にキッチンの方へと歩いていった。
リビングに行くと、おかゆが机に並べてあった。そしてリビングのテレビで流れているのは、タイムリーなことに病気でヒロインが亡くなる恋愛映画だった。
わたしは、座っておかゆを食べ始めながら、話す。
「この映画、久しぶりに見たな…」
「そうねぇ……結構古い映画だし、お母さんも久しぶりに見たわ」
昔から時々テレビでやっているので結末は知っている。そのヒロインの病気は治ることはなく、主人公の死後に天国で再会するというお話だ。わたしは、その幸せな結末に見えた最悪の結末のこの映画が、この体になる前から嫌いだったことを覚えている。
「お母さんは、この映画好き?」
わたしとお母さんは、おかゆを食べながらいつものように話をする。
「そうねぇ……娘に先立たれるのは嫌だけど、この女の子はすごいと思うわ」
お母さんの答えは、映画の好き嫌いというよりもキャラの好き嫌いだった。
「だって、自分が死ぬって分かってて、一番辛いはずなのに頑張って、前向きに生きているのだもの。わたしがこの子の母親だったら多分、誇りに思うわ」
画面の向こうで笑っている少女に向けて、お母さんは言葉を続ける。その横顔を見てわたしは――、
「――――っ、そっか。……………うん。わたしも、この子の事はすごいと思う」
そう言ってわたしは、笑みを浮かべた。そして、丁度食べ終わったおかゆの皿を置いて、たった今思いついたことをお母さんに言った。
「明日は、学校に行こうと思う」
「体調は大丈夫なの?」
「うん。ちょっと色々考えこんじゃって。ほら、わたし来年から受験勉強だし」
「そう。なら今日は、早く寝ないとね。明日はたたき起こしてあげるから」
――嘘はなかった。
この作品のストーリーは嫌いでも、わたしもお母さん同様、ヒロインの子はすごいと思う。今の状態を経験したのなら尚更。
そして、その子の事を話すときの母親の顔が、言葉が、やけに頭に残った。死ぬのが怖い。この気持ちが無くなることはきっと、死ぬまでない。それでもせめて、死ぬまでくらいは、彼女のようにポジティブに生きようと、思えるほどには。
まだ、具体的に何をしようとかは決めていない。それでもわたしは、画面の向こうの少女のように、前向きに生きていこうと思った。
「ご馳走様、お母さん」
――そうしてわたしは、この恐怖に蓋をした
◆◇◆◇◆
「なんで?」
わたしは、ベッドに座っている自分に、そう問いかける。
「なんで今更、こんなことをするの?」
何故、目の前にいる自分は、傷口を抉るような、抑えていた蓋を開けるようなことをしてくるのだろう。
ベッドの上にいる自分は、わたしの事を嘲笑するように、侮蔑するように見てくる。
「せっかく人が前向きに頑張ろうとしてるのに、死のうとしてるのに!なんで?」
一瞬の静寂。それから目の前にいる彼女は、わたしの話を聞き終えると同時にはぁっとため息をついて、口を開いた。
「わたしがあなたを嫌いだから」
「分かっているはずでしょう?だって、あなたはわたしだもの。わたしはあなたみたいな、恐怖から目を逸らすのに自分の大切な家族や友人を使うやつが大っ嫌い」
「ちが――」
「違わない。あなたは、現実逃避をするために家族や友人を使った。そしてみんなを不幸にする」
彼女はわたしの言葉を遮りながら、ベッドから降りて近づいてくる。そしてわたしの目の前に来て、わたしの胸を人差し指でトンッと指で押しながらこう言った。
「結局、わたしは生まれてこなかった方が良かったのよ」
その瞬間、わたしは夢から覚めたのだった。




