第28話 失敗
――まぶしい
微睡の中、わたしはそう思う。それに続いて、布団の気持ちいい感触、独特な病院の匂い、程よく温かい日光。徐々に覚醒していく感覚が情報を集めて、そして意識が浮上させていく。
「ん……」
目を開ける。するとそこに広がっているのは、いつもの天井。見慣れているはずの病室。一か月ほど前から入院している、わたしの病室。
それを自分事として認識できるわたしと、認識できないわたし。自分の中に二つの意識が存在して、凄く気持ち悪い。
「あれ、わたし……ここは…………何で?」
自分でも、何故そう言ったのか分からない。強いて言うんなら、寝起きだから。
わたしは頭が起きるのを少しだけ待とうと、立ち上がらず、仰向けに寝そべったままの状態で待機した。壁に掛けてある時計を見ると、時計の針は12時を少し過ぎている。普通なら、ご飯を他作っているか、食べ始めているくらいの時間だ。
自分の目を疑いたくなるが、視界の左端に映る開かれたカーテン。そこから入ってくる日光は、朝の日光ではなくお昼の日光になっていた。
「二度寝……しちゃったのかな」
思い出そうとするけど、頭がポワポワして思い出せない。看護師さんが起こしてくれるはずなので、一度は起きているはずなのだが……その記憶がない。いや、ないというよりかは認識できない。何かが邪魔をして、思い出せない。
ここまでくると、わたしは流石に焦って上体をゆっくりと起こす。
――やっぱり、いつもの病室
ベッドから降りて、病室についている小さな冷蔵庫を開ける。そして、昨日お母さんが置いておいてくれた水のペットボトルを、来客用の椅子にストンと腰かけて飲む。
冷蔵庫によって冷やされた水がのどを伝うけど、やっぱり頭はポワポワしたまま、起きることはない。
「コレ、寝起きだからじゃないのかも」
背中を椅子に預けて、わたしはそう呟く。
先生に伝えるべきだろうか、そんなことを考えていた時だった。
――視界の隅に、一つの写真立てが置いてあった
胸騒ぎがした。
わたしを合わせた、四人の集合写真。わたしの友達であり、一か月前に学校で倒れたわたしを助けてくれた命の恩人。
「いやだ」
唐突に呼吸が早くなっていくのを感じる。深呼吸をしているのに、それは空回るばかりで、頭に空気がまわらない。
その人たちが誰なのか、知っているはずなのに、知りたくなかった。
「何で?」
視界が黒に染まっていく。まずい。そう感じて、ナースコールまで行こうとするけど、うまく体が動いてくれない。やっとの思いで、フラフラと立ち上がる。
頭がよく分からない。突然の事過ぎて追いつかない。必死に、ナースコールまで歩いていく。そして、あと少しで届くという所で、わたしは床を踏み外した。落ちていく感覚。
それが倒れているだけなのか、本当に落ちているのか分からない。今分かるのは、理解できるのは
――自分が失敗したと言う事だけだった。
◆◇◆◇◆
――過去が変わった
美月は、お尻に加わる衝撃と周りの景色が変わった事で、それに気づいた。つい今の今まで食べていた昼食はなく、周りの景色は資材が乱雑に放置され、電気のついていない物置になっていた。
「これは…………」
美月は、お尻をさすりながら立ち上がる。部屋を見渡してみるがやはり、明るいライトも、自分が座っていたイスも、食べている途中だった料理もどこにもない。唯一明るいのは、扉から漏れ出る廊下の光だけだ。それも、凄く暗い光量だ。
「…………何はともあれまずは情報収集、ですね」
美月がゆっくりと廊下から出ると、さっきまでいた、家のような雰囲気ではなく、無機質な研究所の廊下が続いていた。
その廊下を美月は、薄暗いライトを浴びながら、なるべくバレないように進んでいく。
「あれ?もしかして時野さん?」
不意に、ここ数日で随分と聞きなれた声が聞こえた。そちらを向くと、白衣を着た男。西野海斗がそこにいた。ただ、さっきまで見ていた彼と、印象がかなり違う。髭も剃っておらず、髪もボサボサ。美月の記憶と合致するのは、声と白衣くらいだ。
「…………今朝ぶりですね。西野海斗さん」
そんな彼を見て美月は一言、そう呟いた。
◆◇◆◇◆
「えっと、まずはお久しぶりです。時野さん」
そう言って彼がお茶を出す。彼に会い、まず初めに通されたのは、美月が最初にいた部屋とは真逆のの位置にある部屋だった。家具も豪華な客人用の物ばかりで、客間だと一目でわかるようになっている。
「お久しぶりです。それにしても、随分と変わりましたね」
「あはは……そうですね。ダメだとは思ってるんですけど」
そう言って彼は、コーヒーメーカーで自分のコーヒーを作りながら力なく苦笑する。その横顔は隈が目立ち、皺も多いような気がした。
その顔からは、何かが彼に会ったのだと推測できる。
「香織ちゃ……香織さんはどうしたんですか?身だしなみとか、気にするタイプだと思いますけど」
「香織は…………妻は死にました。病死です」
美月が問いかけると、彼はやはり力なく苦笑しながら、そう言った。その笑みにはどこか無理をしているような、そんな表情だ。
「――っ、なるほど。それは失礼なことを聞いてしまいました。すみません」
そう言って美月は、頭を下げる。すると彼は、慌てたように口を開いた。
「あぁ、いえ、大丈夫です。頭を上げてください」
「もともと伏せがちだったんです。そこに悪いデキモノが出来てしまいまして、そのまま…………」
そういう彼の声にはやはり、元気がない。相当参っているようだと、誰が見てもそう思えるほどに。そして美月はひとまず、彼女との過去改変を保留にして、こちら側から対処する事に決めた。
誰が過去を変えたにしても、彼が使えるか使えないかでは大きく話が変わる。
「それで、虹心ちゃんはどこに?」
美月がそう言うと同時に、ピィー、とコーヒメーカーが鳴った。
彼の表情に驚きが浮かぶ。その顔を見て、美月は気づいた。自分はまだ、西野虹心に会っていない。時野美月は、西野虹心という人物をまだ、知らないのだ。
「何で俺の……娘の名前を?」
「…………」
核心に迫るように、彼は聞いてくる。いや、おそらく彼は気づいたのだ。美月が過去を変えていて、そしてその前に自分の娘と会っていたのだと。そこまで考えて、美月は、観念して口を開く。
「隠してしまいすみません。大人のあなたと会ってから既に、二回過去が変わってます。まぁ、そのうち一回は私のせいではないのですが」
「なるほど……」
美月の言葉を聞いた海斗は、そう呟き、何かを考える。考え込むこと数十秒。そして、口を開いた。
「虹心は…………」
「虹心は流産だったんです。」
そう、美月に向けていったのだった。




