第27話 深淵を覗く
暗い室内に、ピーッというコーヒーメーカーの音が響く。
虹心はキーボードを叩く手を止め、イスに座ったまま大きく伸びをした。
「ふぅ」
虹心は、立ち上がって近くの棚にあるコップとコーヒーメーカーでコーヒーを作り始める。休憩兼カフェイン接種だ。
映像とアレの解析は順調。そして、それと同時に進めている前の自分の発明についてもメガネの残されていたデータから順調に再現中。どちらもあと少しで情報収集から考察の段階に進む所だ。
「パクパクくん、ね……」
ネーミングセンスはいささかどうかと思うが、どうせワタシの事だ。適当に名付けたのだろう。それを加味したとしても申し分ない性能だが。
コーヒーを作りながらそう思考して、スプーンでくるくるとミルクたっぷりのコーヒーを混ぜながら席に着く。
再現官僚の文字と共に画面に映っているのは、過去が変わる前にワタシが作った発明の数々。そのほとんどが、今の虹心にとっては、初めて見る物であった。
「ワタシが発明の方向性を変えたのも丁度一年前。これがバタフライエフェクトってヤツかな」
虹心は約一年前、自分の発明のテーマを『収納ちゃん』から父の研究する「時間」にシフトしていた。もちろん時間に関する研究は、前の自分よりも進んでいる。しかし、大型犬程度の大きさの物がトラック数台分収納できる。これを発表していれば、世界に大きな波紋を呼び、虹心の目標に大きく近づいていたのは確かだ。
「あと気になるのは……彼女かな」
隣のサイドモニターを見る。そこに映っているのは、金髪縦ロールの少女。龍ヶ崎花音。世界有数の大企業、龍ヶ崎グループのご令嬢であり、時野美月の知り合いであろう人物だ。正確には、知り合いの知り合いだろうが。
『彼女によろしくとお伝えください』
画面の中の龍ヶ崎花音と対峙した時野美月が囁いたこの言葉。察するに龍ヶ崎花音の知り合い……それも彼女にとってそれなりの人物と時野美月が知り合いと言う事だ。
そこでPCに眠っているワタシ独自のAIにネットを調べさせたところ、唯一引っかかったのは龍ヶ崎美祢。龍ヶ崎グループを世界有数のトップ企業まで押し上げた人物で、龍ヶ崎花音を入れると三代前の人物になる。
「龍ヶ崎美祢は実はヤバい奴で変な神を信仰し、崇拝している……か。普通なら一蹴する所だけど時野美月との関連が疑われる分、完全に否定はできない」
虹心は、段々と自分が楽しくなっていることに気づく。そして、それに驚く。
自分にこんな感情があったのかと。自分の心はいつも冷え切っていて、自分の頭はいつも俯瞰していた。だから、自分が興味津々になる物があるなんて、虹心にとって意外だった。それが、人の秘密を暴くという行為というのが少し残念だが。
でも、彼女の事を知りたいと思った。自分と同じ異常者。ただの勘だけど、多分それはあっていると虹心思う。
時野美月は底が知れない。彼女の秘密――彼女がどう思考して、何をしたいのか。彼女の深淵のような心の中を暴いてみたい。叶うのなら――
「熱くなりすぎ」
徐々にヒートアップしていく自分に虹心は、言い聞かせる。
コーヒーだけでは休憩にならなかったらしい。
虹心は、本格的に休憩に入ろうとして、そろそろご飯が出来ているのではと思い出す。そしてリビングに向かった。
時野美月とおとーさんが、おかーさんに正座させられていた。
「どーいう状況?」
おかーさんを見ると、微笑みながらブチギレながらご飯の支度をしていた。おとーさんがやらかして怒られているのはいつもの事だが、時野美月は何をしたのだろうか。
「美月ちゃん、どーしたの?」
「い、いやーちょっとふざけたら怒られちゃいまして」
「そっかー」
何はともあれ、触らぬ神に祟りなし。ワタシは無視してご飯の席に着く。ご飯の支度と言っても、ほとんど完了しているようで、既に食卓には豪華なご飯が並んでいた。
「時野ちゃん、とりあえずご飯、食べて?」
「は、はいっ」
「お、俺は「あなたはだめよ?」」
あなた呼び。キレたおかーさんの中でも、上の方の呼び方だ。これほどブチギレたのは、確か結婚記念日を忘れた時だっただろうか。今日、何の日か分かる?と笑顔で問いかけているおかーさんが怖かったのを覚えている。
ちなみに普段からおかーさんはおとーさんの事を「海くん」と呼んでいて、おとーさん曰く、今までで一番ブチギレた時は、あなた呼びすらされなかったらしい
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
食卓に、気まずい無言の雰囲気が漂う。そしてそれは、ワタシがご飯を食べ終えてリビングを出るまで続いた。
部屋に戻って、作業を続ける。修羅場を経験したせいか、それともご飯を食べたおかげか、先程熱に浮かされていた頭は、大分頭が冷えていた。パソコンを見ると、解析終了の文字が出ている。
そこには、様々な数値が出ていた。その解析の対象は、時野美月に見つからぬように取り替えた彼女のスマートグラスそのもの。
「やっぱり」
ワタシは、一年前に発明の方向性を「時間」に変更して以来、おとーさんが昔話してくれた時間の放浪者について研究をしてきた。その結果、対象の時間を数値化するプログラムを開発した。そしてそれを時野美月の持ち物に使ったのだ。
「数値がおかしい。この物体の時間が狂ってる」
幼い時に聞いた話を思い返した時、一番に気になったのが時野美月の持ち物に関する事。時野美月が時間の理から外れたにしても、それ以外はどうだろうか。例えば、彼女の服。これがもし時間の理から外れていないのなら、過去を変えた際に消えてしまう可能性だってあるのだ。
だからワタシは、彼女の所有物も時間の理から外れる……つまり、時間放浪者になるのでは、と考察した。
そしてこう考えた。それを数値化し、人で再現できたのなら?
「時間放浪者を人為的に作れる」
まぁ、まだ対象の数値を変動させる術がないわけだが。それは、これからの自分。あるいは、別の自分に任せればいい。ワタシは、時野美月に渡した方のメガネを無線で繋げ、今分かった事のデータと、自身のここ数年の発明品のデータを転送する。
データを送信している間、ふと、気になることが出来た。
――彼女が過去転移をする瞬間、時間と時間の狭間には何があるのだろうか
ワタシは気になって動画をその瞬間まで移動させる。画像の下のバーをスライドさせて――
――そして後悔した。
何かと目が合った。
◆◇◆◇◆
目の前に広がっていたのはいつもの病室の天井だった。見慣れているはずの病室。一か月ほど前から入院しているわたしの病室。
それを自分事として認識できるわたしと、認識できないわたし。自分の中に二つの意識が存在して、凄く気持ち悪くなる。
「あれ、わたし……ここは…………何で?」
そうしてわたし、 は知っているはずの病室で目を覚ますのだった。




