第25話 たった一枚のポスター
――わたしが、彼女たちと知り合ったのはたった一枚のポスターだった。
「ねぇねぇ、もしかしてそれに興味あるの?」
高校一年生の夏休みの、少し前。学校の掲示板で、たまたま目に入ったボランティアのポスターを眺めるわたしに声をかけてきたのが、わたしの親友――茜里だった。
「私と私の友達もそれに参加するんだけど、良かったら一緒にしてみない?」
そう言って、目をキラキラさせながらアカリが迫って来たのを、今でも鮮明に覚えている。そして、暴走気味だった茜里を止めたのも、今ではすっかり仲良くなったわたしの友達――龍ヶ崎花音と春野千咲。
「アカリ、淑女たるものそうぐいぐい行くものではありませんわよ」
「そうっすよー。今のアカリ、傍から見たらナンパ野郎みたいっす」
今時には珍しい……というかほぼ見ない短い金髪縦ロールに、お嬢様のようなしゃべり方で注意してくる花音と、二本の黒い三つ網をぴょこぴょこと揺らせながら注意する千咲。
当時、高校で上がった際に今までの友達や幼馴染と離れ離れになり、クラスカースト最下位だったわたしは、インパクトの強すぎる見た目とそのしゃべり方に、ひどく萎縮してつい、言ってしまった。
「わ、わたしもそのボランティア気になってて……」
――それが、わたしと彼女たちとの最初の出会い。
今では後悔と自責の念しか湧いてこない、最悪の出会いだ。
◆◇◆◇◆
「なるほど……つまり、今回の目的は、そのポスターを回収することですか」
「はい。出会うのが今日の放課後なので、それまでに回収したいです」
現在、わたしと美月さんが歩いているのは、学校に行くためにいつも通っている通学路。毎朝通っているはずなのに、わたしは違和感を覚える。それはこの道が、約一年前の道だからだ。約一年前の道は、記憶の中の道よりもきれいで、夏前だからか、少し先の方の道はゆらゆらとして見えた。
「まさか、肝心の変える内容を聞いていなかったとは……うっかりしていました」
「そうですね……」
わたしも、既に言った気になっていたので同意する。改めて昨日を思い返してみると、美月さんはわたしと「共犯者」になってからすぐに西野先生とどこかに行ってしまったので、具体的なことは何も話していなかったのだ。
いざ過去へという所で、美月さんが何時に跳べばいいのか分からないといった時は、流石に驚いた。
肩を落として落ち込んでいる美月さんと並んで、道を進む。
「それにしても、友人との出会いをなかったことにしたい、ですか」
「やっぱり、間違っていると思いますか?」
「間違ってはいるでしょうね。第一、過去を変えるという選択肢自体が割と間違いよりの選択肢ですし」
美月さんは、困ったような笑顔を浮かべてそう言う。でも、その言葉に自嘲の意思は感じなかった。その理由はきっと――
「でも、良いんですか?過去を変えられると言う事は、あなたのその病気の原因もなかった事にできるんですよ?」
「良いんです。わたしはどうせ、生きていても迷惑しかかけませんし」
わたしは、無理矢理笑みを浮かべてそう言う。わたしの言葉には美月さんの言葉と違って自嘲の意思が込められている。
「そうですか。では、気が変わったらいつでも言ってください」
わたしの言葉を聞いた美月さんは、特に驚いた様子も、あきれた様子も感じられない。淡々と、ただ淡々となんでもない事のように彼女は言った。その様子からは、ある意味で無関心のようなニュアンスすら感じ取ってしまえる。
でも、変に同情されるよりは100倍マシだった。
「着きましたね」
わたし達の前にそびえ立つのは、わたしが一年と半年を過ごした高校の校舎。いつもなら、見上げすらしないけど、改めて見ると大きく感じる。
「さっそく、行きましょうか」
下駄箱から学校に侵入したわたし達は、教師に見つからぬようにこっそりと移動をする。現在の時間は丁度10時。授業中だからか、生徒は見当たらない。それでも掲示板はここからかなり距離があるので、わたし達は少しずつ、ゆっくりと進んでいく。
「なんだかこうしてると、悪い事している気分になりますね」
確かに、少しだけワクワクする。
隣にいる美月さんが小声で、悪戯っぽい笑みを浮かべながらそう言う。その顔はどうやら本気で楽しんでいるようで、バレちゃったらどうします?などと小声で言ってくる。
いや、バレたらさすがに――
「そこの方々、何をされているのかしら。今は授業中でしてよ?」
声が聞こえた。
聞きなれた声だった。時に厳しく、時に優しい、何度も聞いた声。その声はいつも通り芯が通っていて、誰もいない廊下に良く響く。
――花音の声だった。
美月さんが振り向くのと同時に、わたしも振り向く。そこにいたのはやはり、金髪縦ロールの、制服を着たお嬢様がいた。
あれ?身長これくらいだったけ?
それを見たわたしは記憶よりも、少しだけ背が小さく子供っぽいように感じる。
「あなたは――」
隣にいる美月さんが目を見開いて、そんな声を漏らす。それと同時だった。
「――へ?」
いつの間にか、花音がわたし達のすぐ傍にいて、踏み込んでいた。
掌底が、美月さんの腹に叩き込まれた…………かに思われたが、美月さんの手にはいつの間にか日本刀が握られていて刃の腹でそれを受けていた。そして、美月さんが花音に何かを囁いていたのも分かった。花音は美月さんの言葉を聞いた後、後ろに大きく距離を取る。
わたしにはその全ての光景がスローモーションのように見えていて、全てが終わったとにようやく尻もちをつく。
「まさか、あなたが――」
花音が驚いたように、そう呟く。
「えぇ、そうですよ」
「そう……でしたか。それは失礼いたしました」
「良いんですよ。お互い様です」
何も分からないまま話が終わった。終わっていた。先程の剣呑な空気はもうない。花音は優雅に一礼した後、すぐに教室の方へ戻って行ってしまった。
花音はわたしに、一度も目を向けなかった。
「美月さん――」
「大丈夫ですよ。彼女は味方です。ちょっと行き違いがあっただけで」
先程まで戦っていたというのに、美月さんはいつもの様子に戻っていた。それに対してわたしは、初めて戦闘というものを生で見て情報が処理しきれず唖然としているのが自分でもわかった。
美月さんには、わたしの「友達」としか伝えていない。だから、彼女がわたしの友達だったとは、知らない。
美月さんはと花音は知り合いなのか
彼女は過去を変えると言う事を知っているのか
結局わたしは、美月さんに聞けないまま、学校の掲示板まで来てしまった。
「これですか」
「はい。このポスターです」
掲示板に貼ってある、たった一枚のポスター。これのせいでわたしは、彼女たちと出会ってしまった。そして、その出会いが彼女たちを悲しませる。
心臓がバクバクと変な心音を奏で始めた。やるならさっさと終わらせよう。
「それでは、これでお別れですね」
「はい。色々、ありがとうございました」
そう言って、わたしは深々と頭を下げた。彼女のおかげで、少なくともわたしの親友と、友達は悲しませずに済む。その事には、感謝しかない。
「良いんですよ。取ったポスターは、私が預かっておきますね。あなたが消えた後に拾われたらたまったものではないので」
「お願いします」
そしてわたしは、ポスターを掲示板から外す。その瞬間、何かが決定的に変わった気がs
静かな廊下にパサリと、一枚のポスターが落ちた。




