第24話 嘘つき
目を開くとそこは、月明かりの差し込む見慣れた病室だった。そして、当たり前かのように夢の中のわたしは、ベッドに上半身を起こしてこちら――病院の廊下の方を不気味な表情で見つめている。
――あぁ、いつもの夢だ。
その風景を見てわたしは、自分がまたあの夢を見ているのだと気づく。でも、今日の夢はいつもと少し違っていた。視界の端に透けている自分の手があった。いつもは実体がなく、ただ夢の中の自分を三人称視点で眺めているだけなのに、今日は自分が透けてはいるが、人の形をしていた。グッ、パーと手を何回か開いたり、閉じたりすると、問題なく動く。
――不意に、足音が聞こえた
かちゃりという、もう何十回も聞いた骨の足音。でもその音は、昨日よりも着実にこちらに近づいてきていた。
わたしは、透明な体で夢の中の自分に近づいて手を取って逃げようとする。しかし、わたしの手は夢の中の自分の手をすり抜けてしまった。
――足音が聞こえた
病院の廊下に響くその足音が、妙に大きく感じられた。
今なら、どうにかすれば逃げれるかもしれない。透明な体を得て、生まれてしまった希望がわたしの中にいつもとは違った種類の焦りを生む。どうすればいいのか、何が出来るのか。いろいろ試しても結局、無駄だった。
――足音が聞こえた
結局わたしは、祈ることしかできない。
早くこの夢から覚めてください。せめてあと一日、時間をください。そうすればわたしは、友人たちとの出会いをなかったことにできる。友人たちを悲しませることはなくなる。だからどうかあと少しだけ、わたしの大切なあの人達のために――、
「嘘つき」
聞きなれたはずの声が、唐突に聞こえてきた。
わたしの声だった。
振り返ると夢の中のわたしが、病室の入り口ではなく、半透明なわたしの方を無言で見つめていた。その顔は、無表情で、先程まで浮かべていた死を受け入れているかのような笑みは微塵も感じられなかった。
夢の中のわたしが、何かを言おうと口を開く。
――そこで夢が終わった。
◆◇◆◇◆
息苦しさで、目を覚ます。それと同時に、思い出したかのようにわたしは息をする。
「ゲホッ、ゲホッ、ハー、ハー」
目を開いても、視界の大半は黒のままでチカチカする。全身から汗が出て、昨日虹心ちゃんから借りたパジャマが汗だらけになってしまっていた。
数度、大きく深呼吸をする。すると、徐々に視界もマシになっていき、脳もスッキリとしていった。周りを見るが、誰もいない。ききょうくんとさくらちゃんはもう、起きたのかな。
部屋から廊下に出ると、昨日、ゲームをしていたリビングのような部屋からがやがやとした声が聞こえてくる。
わたしは、一度扉の前で立ち止まって、意を決したようにゆっくりと扉を開いた。
「おはよっ!! お姉ちゃん」
「…………」
「おはよー ちゃん」
「…………おはようございます」
「えぇっと…………おはよう」
聞こえてきたのは、ききょうくん、さくらちゃん、虹心ちゃん、美月さん、西野先生がそれぞれ挨拶をしてくる。ちなみにさくらちゃんは挨拶ではなく、一瞬こちらを見ただけだった。嫌われてるのかな。
「おはようございます。みなさん」
わたしはとりあえず、そう返した。彼らの手元には朝ごはんが並べてあって、メニューは目玉焼きにキャベツ、白米とみそ汁だった。だけど、朝食よりも気になったのは、初めて見る女の人だった。
「おはよう ちゃん。娘から話は聞いてるわ。さ、座って」
そう言って、朝ごはんの用意してある唯一の空席にわたしを誘導する。娘…………と言う事は、きっと彼女は虹心ちゃんのお母さんで、西野先生の奥さんなんだと思う。わたしは彼女に誘導されるまま、席に座った。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
わたしが手を合わせてそう言うと、虹心ちゃんのお母さんがそう返してくれる。
それからの食卓は、平穏に進んだ。何故か、西野先生と美月さんがげっそりしていて寝不足気味に見えたけど多分気のせいだと思う。
「ごちそうさまでした」
手を合わせて、わたしはそう言う。すごく美味しかった。そして、全員の食事――わたしが食べ終わった所で、虹心ちゃんが美月さんにメガネ?を渡していた
「はい。コレ昨日頼まれてたヤツ」
「おぉ、これが噂に聞くスマートグラスというやつですか」
「スマートグラス?」
美月さんの聞きなれない単語に思わず、わたしは声が出てしまう。すると、わたしの疑問を聞いた虹心ちゃんが、昨日と同じやる気のないような、感情のこもってないような、そんな声で解説してくれた。
「そそ。メガネに時計が出たり、翻訳が出たりするヤツの事。まぁ、わたしのは市販よりも、色々できるけどね」
美月さんは、そのスマートグラスを受け取り、黒いセーラー服の襟の中心に引っかけた。掛けないのだろうか。
「お腹も満たされて事ですし、支度をしてから行きましょうか。あ、全然ゆっくりで大丈夫ですよ」
「俺の時とは随分な違いですね」
「そうですか?」
「そうですよ」
それからわたしは準備した。と言っても、寝癖を直したり、顔を洗ったりといったいつものルーティーンだ。強いて違う点を言うなら、虹心ちゃんに借りたパジャマを汗まみれにしてしまったことを謝り倒したくらいだ。
そして、もろもろの準備をして、わたしは研究所の正面玄関の外で、美月さんと向き合う。
「それでは行きましょうか」
そう言って、美月さんは手を差し出してくる。
「はい」
わたしは、差し出された手をつかんだ。過去を変えるために。




