第23話 運搬用犬型ロボット『パクパクくん』
「ここにいたんだ。あ、そのゲームワタシが作ったやつ。どう?楽しい?」
ゲームに意識を向けようとした時、背後からそんな風な、気だるげな言葉が投げかけられた。今日は、いつもよりも背後から話しかけられるのが多いなぁと思いつつ後ろを振り向くと、艶やかな黒いウルフカットの髪型に丸眼鏡をかけた女の人、が廊下からひょっこりと顔を覗かせていた。
「あ、にこおねえちゃんだ!」
そう言って、ききょうくんがゲームのコントローラーを放り出してトテトテと走っていく。一方、さくらちゃんはというと、ゲームに夢中だった。
女の人はききょうくんが近づいてくるのを見て、部屋に入ってくる。その人は、先程の美月さんと同じ様に白衣を身に着けていて、彼女の後ろから大型犬ほどの犬のロボットが付いてきた。
「このゲームすごい楽しい!!」
「そっかぁ。なら良かったよ」
ききょうくんの感想にその人は、表情を変えず、気だるげな声で応じた。だが、その声とは裏腹にききょうくんの頭をしゃがんで撫でているので、嬉しいのか、嬉しくないのかが分からない。
わたしが二人を見ていると、女の人はこちらを向いて話しかけてきた。
「どうも~。起きてるときに遭うのは初めてですよね。ワタシが処方した薬、どうでした?」
薬……と言う事は、この女の人が西野先生の娘さんなのかな。美月さんの話では同い年と聞いていたけど、彼女の雰囲気からか、彼女の着ている白衣がそう見せるのか、同い年には見えなかった。年上の、ダウナーなお姉さんに見える。
「まずは自己紹介から、かな。初めまして。西野海斗の娘の西野虹心。よろしくね」
「えっと、わたしは…………わたしの名前は です。薬、ありがとうございました」
「へぇ~。じゃあ、 ちゃんだね。よろしく」
そう言って差し出された手を、わたしは握る。それと同時に感じたのは、名前が言えた安心感と相変わらず名前が分からないのかという自分に対する失望感、そして名乗った名前に対する、ほのかな違和感だった。わたしの名前は、 。それが本当に自分の名前なのか今となっては確かめるすべはない。
「こっちの子は、運搬用犬型ロボット『パクパクくん』。可愛いでしょ」
そう言って、パクパクくんはワン、と吠える。その鳴き声はすごく自然なもので驚いた。
それにしてもパクパクくん……ネーミングセンスについて少し疑問が残るけど、考えてみれば『収納ちゃん』の開発者である西野先生の娘さんなのだから、ネーミングセンスが似ていてもおかしくないかと勝手に納得する。
「えっと、虹心さん…………虹心ちゃんもする?」
「おねえちゃんもやってくれるの?」
ゲームの方に目配せしながらそう言う。すると、ききょう君も一緒にやりたかったのか虹心ちゃんにそう聞く。そこでわたしは、いつもの癖で同い年の彼女に「ちゃん」付け。彼女は嫌がっているようには見えないけど、不用意に関係を縮めてしまったことに気づいて、後悔する。自分はどうせ死ぬのに。仲良くなってしまったら、結局彼女も悲しませてしまう。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
そう言って、バフッと私の隣に腰を下ろす。パクパクくんは、私たちが座っているソファには座らず、床のカーペットに座った。そして、ききょうくんも虹心ちゃんの隣に座る。
「パクパクくん、Gの5お願い」
虹心ちゃんがそう言うと、何もなかったはずの彼女の手元に、ゲームのコントローラーが出てくる。わたし達が持っているのと同じ物だ。
そして、改めてもう一度ゲームをスタートする。わたしの隣にいるさくらちゃんは、相変わらず無言のままだけど、ききょうくん曰く、さくらちゃんはやりたくなかったらやらないそうなので、このゲームは好きなんだと思う。
「それってもしかして、収納ちゃん?」
わたしは、聞いてしまう。仲良くなってはいけないのに。
「そそ、この子の内部には収納ちゃんの一回り大きいバージョンのが入っててね。その分、リング型よりもたくさん入る」
「どのくらいはいるのっ!」
「うーん、トラック三台分くらいかなぁ~」
その答えを聞いて、わたしは驚く。ききょうくんも同様に驚いていた。わたしと、ききょうくんの問いに答える彼女の表情や声からは、相変わらず気持ちを読み取ることができない。だが、心なしか嬉しそうにしているように感じた。
「すごいっ!!かっこいい!!」
目をキラキラさせながら、ききょう君がそう言う。ききょう君はよそ見をしているにも関わらずノーミスでゲームを進めていた。
「ききょうくんもさくらちゃんもゲーム上手だね」
「あるじがゲームとかアニメが大好きだからなっ!!」
「…………」
「そうなの?意外……」
わたしの疑問に、ききょうくんが胸を張って答え、さくらちゃんが無言で頷いて同意する。かわいい。そして、正直意外だった。美月さんのあのミステリアスな雰囲気で、アニメが大好きなのか…………いや、もしかしたらミステリアスな雰囲気はアニメの知識を参考にしてたりして――、
――そんな訳ないか
そう思い直したのと、画面にゲームクリアの表示が出てくるのは同時だった。
「おわった!!次は……って、もうこんな時間……」
時計を見ると、夜中の11時を過ぎていた。ききょうくんは、狐の耳をしゅんとさせて落ち込む。あらためてみると、その耳や尻尾が、二人が人ではないことを認識させられる。美月さん曰く式神らしいけど、外見以外は普通の男の子と女の子だ。
「ふぅ…………我ながら、結構難しいゲームだった」
そう言う虹心ちゃんは、ぐっと背伸びをする。こちらは、発言と表情がマッチしていない。
「布団は廊下に出て左の部屋に敷いてあるから、明日に備えて、よく寝ておくんだよ。それじゃ、おやすみ」
「はーい」
「…………」
「明日って――、」
聞き終わる前に、彼女は部屋から出ていく。明日。虹心ちゃんは、明日の事を、美月さんの事を知っているのだろうか。
そんな疑問を胸に抱えたまま、ききょうくんとさくらちゃんと寝る準備をしたり、お風呂に入ったりしてから敷布団に横になる。
「おやすみ、二人とも」
「おやすみ!!」
「…………」
そう言って、わたし達は寝に就く。見上げる天井は、当たり前なのだけど、見覚えのない天井だった。その天井を見ながら、今日を振り返る。そうやっている内に、自然と瞼が下がっていった。
――そういえば今日は、寝る前の、あの夢を見るのではないかという不安がなかったな
そう、思うのだった。




