第22話 罪悪感
「俺が過去を変えたのは、正しかったんでしょうか」
店内に、俺の余計な一言が静かに響く。俺の言葉を聞いた時野さんの反応は、ジュースの入ったグラスを口に運ぶ手が一瞬だけ止まった程度だった。
時野さんはジュースを一口だけ飲んで、グラスをカウンターテーブルに置く。ジュースに浮いている氷がカラン、と音を鳴らした。
「まぁ、正しくはないでしょうね。少なくとも一度は、あったはずの未来を滅ぼしてるわけですし」
自身のジュースを見つめながら、時野さんは言う。その答えは、俺にとって予想通りの答えだった。
別に、正しかったと言ってほしかったわけではない。本当に、ただ今まで溜め込んできた想いを出してしまっただけで、場の空気を悪くするだけの余計な一言なのだ。
「でも、言いたいことはそう言う事ではないのでしょう?そんなことを悩むくらいなら、気づいた時点で過去を変えるのを諦めていたでしょうし」
「ははは、時野さんがにはお見通しですか」
「これでも私は、西野海斗という男と23回も過去を変えているんですよ?」
時野さんは頬を付きながら苦笑する俺の方をを向いて、自慢げに微笑む。
23回改めて聞くと多い。だが、その内の22回はおそらく、過去を変える=あったはずの未来を滅ぼすなんて事には気づかなかったのだろう。少しだけ、うらやましく思ってしまう。
「確かに、後悔はありません。香織を救うために世界を滅ぼす。その覚悟を持って、俺は過去を変えました」
過去を変えたことに、後悔はない。今の幸せな生活を手に入れられたのは、あの時俺と、未来の俺が過去を変えたからだ。
空のグラスを、マスターに差し出す。マスターは俺の意図を汲んでくれたのか、お代わりを注ぎ始める。
「だからこれは多分……罪悪感なんです」
「罪悪感……ですか。それは未来を滅ぼしたことへの、ではないんですよね?」
時野さんの疑問に、俺は頷く。時野さんもジュースがなくなったからか、お代わりお願いしますと言って、マスターにグラスを差し出していた。
「未来の俺は……凄い人物でした。少しの間、電話でしか関わってない俺でもそう思ったんです。だから多分、未来では俺が思っている数倍は凄い人だった。それは、さっきの時野さんの話でも分かると思います」
「まぁ、そうですね。未来のあなたは多分、天才……ひょっとしたら偉人とまで呼ばれてたかもしれません。なんせ、タイムマシンを作ったんですからね。それが世に出ていたかどうかは別として」
未来の俺は電話で、30歳でタイムマシンを作ったと言っていた。俺もこの20年間、時間について研究してきたがいまだにタイムマシンを作るどころか仕組みすら思いついていない。その事に、お前はもっとやれるはずだろと自分に言われているような気がして自己嫌悪に陥る。
隣の時野さんは、黙って俺の話を聞いてくれている。その表情からは、何を考えているのか分からない。
「でも今の俺は、タイムマシンを作れない。何も成せていない。世界を滅ぼして幸せを手に入れたくせに、世界に対して何もできていない」
いつも思う。未来の俺がいた世界はどんなものだったのだろうかと。タイムマシンがあれば、災害の被害をなくせるかもしれない。例え、タイムマシンが使えなかったとしても、賢い未来の俺は、未来を予測する装置なんかを作っていたかもしれない。少なくとも、今の俺がいる未来よりは、凄い世界になっていたのだろう
「あなただって、『収納ちゃん』を作ったじゃないですか。聞きましたよ?あの技術は、医療にも応用できるって」
「収納ちゃんは、俺の話を聞いた娘が中学二年生の時に作ったものです」
俺がそう言うと、時野さんは驚いた顔をした。
当然だ。『収納ちゃん』は、表向きには俺が作ったことになっている。だが、実際は俺の娘が中学二年生の時に自由研究で作った物なのだ。俺は当然、家族に危険が及ぶかもしれないと考え、世に出す…………というよりも出させるつもりはなかったのだが、結局色々あって高校生になってから俺名義で世に公表するのなら良いという条件になった。
「へぇー、そうだったんですか。あの子、やけに詳しいと思ったら……まさか開発者本人だったとは」
「どうでしたか?うちの娘は」
「なんというか、かなり研究熱心ですよね」
「はい。俺もかなり手を焼いてます」
ここで、お互いに一息つく。俺は熱くなってしまった頭を冷やしながら、やっぱり自分はどうでもいいことを言ってしまったのではないかと後悔する。
「要するにあなたは、世界を滅ぼしたくせに世界に対して何もできていないことに罪悪感を持っているわけですね」
「まぁ……そう言う事です。すみません。こんなどうしようもない愚痴を聞かせちゃって」
時野さんは俺の返事を聞いてから、ぐびっとジュースを飲んだ。氷だけになったグラスがカランと音を立て響く。心なしか、さっきよりもよく響いたような気がした。
「いいんですよ。ですが……これに関しては何も言えませんね。あなたの気持ちの問題ですし。でもまぁ、同情はします」
「世の中っていうのは賢い人ほど痛い目を見ます。実際、あなたも過去改変の恐ろしさに気づかなければ、自分の命を犠牲にして想い人を救ったと言う事で終わっていました」
「そうですね。だからこそ、時野さんは上手い具合に思考を誘導してくれていた。俺が香織を救う事だけを考えるように。」
時野さんは、最初から俺の事を考えていてくれた。わざと香織の事を思い出させるように水族館へ誘ったり、わざわざ警戒させたり。そんな風にして俺の思考をちゃんと誘導してくれていたのだ。俺が気付かなくてもいい事に気づかないように。
「なのでまぁ、私のミスでもあるんですよ。あなたが今、その罪悪感を抱えているのは」
「そんなことは――」
「ありますよ。あれは完全に私のミスです。露骨に警戒させすぎました。だから……」
「だから、あなたの罪悪感の半分くらいは背負ってあげます。共犯者ですから」
そう、時野さんは語りかけてくる。
その顔を見て、その言葉を聞いて、俺の罪悪感がなくなったわけではない。でも…………少しだけ、なにかが軽くなった気がした。
「そうと決まれば、飲みなおしましょうか。お互い、溜まっているものをどんどん吐き出しましょう」
数十分後、俺の傍らには爆睡している時野さんがいた。別に、お酒を飲んだわけでもないのに何で寝たんだと思ったが、思い返してみれば、そういえばこの人、今日過去を変えてここに来たんだよなと気づく。もしかしたら普通に疲れて寝落ちしただけなのかもしれない。
――それはそうと、これからどうしようか
連れて帰るにしても、中年男性が制服を着た女の子を背負って夜道を歩いている。はたから見ればかなり危ない絵面である。とりあえずお会計してから考えよう。そう思いながら立とうとして――
「あなた?こんなところで何しているのかしら」
後ろを振り向くとそこには、怒りのオーラを漂わせた妻がいた。




