幕間 傘の行方
「ありがとうございやしたー」
その挨拶を背中に浴びて、私はコンビニの外に出る。手にはビニール袋に入ったおにぎり達とビニール製の安い傘。いつも使っている傘を探すための急ごしらえに買った物…………だったのだが。
「雨、止みそうじゃないですか」
先程まではかなり降っていたはずなの雨は勢いを失い、小雨と呼べる程にまでなっていた。ご飯を探すのに時間を掛けすぎたのだろうか。そう、自分に問いかけてはみるのだが――
「いや、ツナマヨとサケのどちらにすべきかには時間を掛けるべき」
そう自分自身に言い訳をし、ツナマヨとサケのおにぎりがどちらとも入ったビニール袋を腕に掛けて、開いた両手でビニール製の傘を開いて歩きだす。雨粒がビニール傘に当たってパラパラと音が鳴る。私は、その音をBGM代わりに傘の行方を考える。
彼が時間警察――二階堂葵に連れていかれた時、それと一緒に傘も彼が持って行ったのだが、肝心のどこに連れ去られたのかが分からない。
候補としては雨の日に人が寄り付かない裏山や公園だ。そこそこの広さがありつつ、人が寄らない私ならそう言った条件の場所に拠点を建てる。が、如何せんここらの地理に詳しくないのでどこにあるのか分からない。
「確か……彼が連れ去られたのは、あっち方面でしたか」
そう言って、彼が連れ去られた方を見ると、そちらの方の雲はすでに晴れていて青空が見えた。それも雲の動きからしてすぐにここらも晴れそうだ。
「どうやらこの傘、本格的に無駄遣いだったようですね」
そう言いながら苦笑するが、過去は変えられないのでどうしようもない――私に関しては。
時間の理から外れている私は、自分の事に関しては過去を変える事が出来ないのだ。物理的に。例えば、私が数分前に跳んだとしてもそこに過去の私はいない。なので、助言をすることもできないし、私がビニール傘を買ったという過去は変えられない。
「って、こんなこと考えてる場合じゃないですね」
そう思い直したところで私は、自分が見ている先――晴れている方に公園があるのを思い出す。
「あれは確か、2回目でしたっけ」
西野海斗と共に変えた過去の中で、2回目の時の事。確か、幼い頃に大喧嘩して、そこから疎遠になってしまった時の話だ。一回ごとに泊めさせてもらっているので、21日前ということになる。もう存在しない彼の事を思い出し、私は行き先を決めた。
「とりあえず、そこに行ってみますか」
◆◇◆◇◆
数分ほど歩くと、公園が見えてきた。その頃には雨も止み、先程買ったビニール傘も『収納ちゃん』にお役御免である。
公園は21日前の記憶よりも広かった。水が滴る遊具と、砂でできた無理をすれば、子供が野球が出来るくらいのグラウンド。雨上がりだからか、早い時間帯だからかは分からないが、人はほぼいない。まぁ、そちらの方が都合がいいのだが。公園を見回してみると、砂の広場の真ん中に黒い傘が倒れていた。
「ビンゴ。私にしては運がいいですね」
そして、雨水を含んでドロドロの地面を踏みしめながら、近づいていく。するとそこには、既に雨によって消えかけているが、テントがあったような痕跡が見受けられる。どうやらあの男は、テントに私の傘を置いたままにしていたらしい。
私は、腰を曲げて傘を――、
――久しぶりね。二か月ぶりくらいかしら?
不意に声がした。いや、声というよりは言葉という方が正しい。その言葉が私の頭に直接文字が浮き上がってくるようなそんな感じだ。周りを見回してみるが言葉の主の姿はない。私は、その見えない相手に対して、言葉を放った。
「お久しぶりです、姉さん。相変わらずお元気そうで何よりです」
――えぇ、そうね。今回は久しぶりにアオイに会えたから
ウキウキとした言葉が、私の脳に直接叩き込まれる。その言葉からは、あふれんばかりの楽しみ、嬉しさ、その他もろもろが乗っていたし、伝わってきた。脳を直接いじられているような感覚がして正直不快だ。私は、せめてその不快さを悟られないように顔の表情を保ったまま声を出す。
「今回は、随分と本気でしたね」
――そりゃぁ、彼は私の陣営に欲しい人材だったし
姉さんは、時間警察を実質的に裏で牛耳っている存在だ。つまり、セバスが所属するお母様の陣営と姉さんの陣営二つの陣営が西野海斗を狙っていたわけだ。本当に彼は、どんな人物になっていたのだろう?
――まぁ、あなたも追々分かるわ。
「そうですか」
あわよくばと思ったがやはり彼女からも収穫なし。まぁ、分かり切っていたことだが、セバスも、彼女も言う気はないようだ。それに、姉さんが急に話しかけてきたのも気になる。
――本題に入るわ。
――あなたとワタシ、協力しない?
「それはやっぱり、葵さんと関係が?」
――えぇ、そろそろアオイの存在を確定させたいの。あなたの力で
本題はそれか。彼女が言うということは、彼女が生まれる可能性が高いのがこの年代なのだろう。そして、それを私の力で確定させたいと。確かに私の力ならば出来る。だが……
「無理ですね。正直、今は自分の事で手一杯です。それに、今回はアレが来ませんでしたが、いつ来るとも分かりませんし」
――そう、分かったわ。でも気が変わったのなら言ってね
そういって、気配が消える。やけにあっさりと引き下がったので少し驚く。いや、私に情報を渡すこと自体が目的だったという線もあるが。いずれにせよ、姉さんは私よりも何倍も賢いのでその真意を読み取ること自体不可能だ。その使い道に問題はあると思うが。
拾おうとして、途中でやめてしまった傘を『収納ちゃん』に入れる。ようやく終わったと思ったらこれだ。西野海斗が一体何者になるのか。二階堂葵のこと。いろいろ考えることが山積みだ。
「はぁ、まったく。面倒なことになりました」
そう言って、私は晴れて虹のかかった青空にため息をついたのだった。




