第13話 黒幕
キキィッというブレーキ音。そして、何かがぶつかる音と同時に私は時を止める。すると、降り続けていた雨は空中で静止して、うるさかった雨の音も嘘のように止んだ。静止した世界の中で動けるのは、私と目の前にいる彼だけ。私は、目の前の人物に話しかけた。
「随分とイメチェンしたのね。セバスチャン」
私が話しかけたのは、子供だった。いや、正確には子供の見た目をしたナニカ。その容姿は、金髪に碧眼。おおよそ日本人とは言えない見た目の男の子だった。そして、何よりも異質なのが落ち着いた雰囲気を纏っている事だ。つい数瞬前、トラックにひかれかけたというのに、その少年は何事もないようにそこに立っている。
「お嬢様こそ、お元気そうで何よりでございます」
彼はそう言って、頭を下げる。その所作は洗練されていて、より落ち着いた印象を与える物だ。最後に会ったのがどのくらい前か最早、覚えてすらいないが彼の所作にはほんの少しの懐かしさを覚えた。
そして私は彼に問う。
「それで?これはお母様の指示?」
「いえ、独断にございます」
その言葉に、少し驚きを覚える。彼は独断で動くような人物ではないからだ。何よりも主を優先し、命令されたのならばどんなことでもする。そういう人物だ……人ではないが。その彼が、独断で動いたとなるという事はよっぽど緊急事態だったか、報告を後回しにしてでも成し遂げた方が良いと判断するほどの何かがあるのか。
私の予想では、後者。時間警察の動きと言い、今回はいレギュラーが多い。何かあるのは間違いないだろう。
答えは返ってこないだろうが、一応聞く。
「独断?それまた何で?」
「彼が使えるからでございます」
「使える……そう言えば、あなたは人の可能性を見るのが得意だったっけ」
彼は淡々と、そう言う。正直、答えが返ってくると思っていなかったのでうれしい……のだが、まだイマイチぴんと来ない。私が知る彼は、割と平凡な男だったはずなのだが。まぁ、彼――セバスチャンの力を考えれば信憑性は十分にある。
未来視。それも、彼の未来視は人の可能性を見通すことが出来る。きっと、この事故を起こすことで西野海斗は、都合の良い……使える存在になるのだろう。時間警察に加え、彼も狙っているとなると、西野海斗は、どんな人間になっていたのか。
「彼は、未来でそんなにすごい人間になるの?」
「…………」
黙秘。だがそれは、肯定とほぼ同義だ。しかし、それ以外の情報を彼から引き出すのは難しそうだ。私は、これ以上の話は無駄だと判断して『収納ちゃん』から日本刀を取り出す。彼に問いかける。
「こっちに、付く気はある?」
「ありません。我が忠誠は御当主様に捧げております故」
予想のついていた答え。だが合ってほしくない予想だった。彼には幼い頃にお世話になったから、できれ争いたくなかった。それでも、敵だというのなら戦わなければならない。ここで彼を見逃したら不幸になるのは彼――西野海斗だ。
「でしょうね。なら、排除します」
「ならばこちらも、全力で抵抗させていただきます」
彼はそう言って、構える。左手を前に、右手は握って腰に構える。丸腰。しかし、その雰囲気からは、ただならぬ気配を感じさせられる。
二人の距離は、五メートルほどだった。互いに言葉は発さず、沈黙だけが落ちた。そして――、
先に動いたのは私だった。私は、刀を構えて接近する。彼も私の動きに合わせて、踏み込む。距離が一瞬で縮まって
――刀とこぶしが交わった。
◆◇◆◇◆
ゆっくりと目を開ける。
黒一色だった視界は光を取り込んでいき、次第に雨雲と宙に浮かんでいる雨粒を映した。そして、視界の端――上側にいる人物も、俺が起きたことに気づいたようだ。
「あ、起きました?」
彼女――時野さんは、満身創痍だった。頭からは血を流し、片目もつぶっている。開かないのだろうか。制服も見える範囲では、所々破けていて裂けた肌からは血が流れていた。
「えぇ、まぁ……それでどういう状況です?」
そう言うと同時に、後頭部にあるムニュムニュとした感触に気づく。彼女との配置を考えるに、おそらく膝枕をされているのだろう。それが分かった所で、何故膝枕をされているのかという疑問が生まれるのだが。
彼女は、俺の疑問に弱弱しくにこりと微笑んで、言った。
「ご褒美ですよ。随分頑張ったようなので。あと、貴方の下半身は見ない方が良いですよ」
そう言われて、気づく。体の感覚がほぼない。辛うじて声が出せるくらいだ。自分の体がどんな風になっているのか気になる感情と、見たくないという感情がせめぎあっている。しかし、見た場合絶対後悔するので好奇心をごまかすように彼女に聞く。
「別件の方はどうだったんですか?」
「無事に終わりました。見ての通り、ボロボロですけど」
「そうですか。なら良かったです」
彼女にはいつもの元気がなかった。それがボロボロだからなのか、それとも別の要因があるのかは分からない。
「そっちこそ、どうでした?一言くらいなら、過去が変わった後に伝えれますが。まぁ私の場合、それが何かに影響するわけではないのですが」
「伝えたい事……」
伝えたい事。それを考えれば、かなり、思いついてしまう。過去の自分に応援するとか、香織に言えなかった事とか。様々な言葉が巡って、結局――、
「大丈夫です。言いたいことは言っちゃったので」
そして、沈黙が下りた。ちょっと気まずい。お互い、聞きたいことは聞いてしまったし、如何せん昨日会った仲なので、言いたい事もない。
「…………」
「…………」
数秒、気まずい空間が流れる。その気まずさは、昨日のパフェの事件を思い出させる物だった。そして、俺は一つ、聞きたかったことを思い出した。聞いていいのかはわからないが、最後なのだし、聞いてみようと思い、口を開いた。
「俺と過去を変えたのは、何回目ですか?」




