第12話 虹を追う少年
「これは賭けです。私達は何も出来ない。ですが、貴方もこの雨の中、事故現場に間に合いますか?」
雨が降り注ぐ中、葵さんの声を聞いた瞬間から俺は、公園の出口に向けて走り出す。雨を一気に含んだからか、公園の砂は先程より走りにくくなっていた。
距離的には事故現場まで、余裕とはいかずとも間に合うと思っていのたが……距離以外の事を考慮すると、キツイかもしれない。
走りながら彼女達の方に目を向けるが、動く気配はない。どうやら本当に何も出来ないらしい。俺は、彼女達から逃げるようにペースを上げる。
公園の出口を出ると、道がコンクリートになったからか、少し走りやすくなった。止まらずに走り続ける。
「はぁ……はぁ……くそ、思ったよりキツイな」
雨が目に入り、額に濡れた髪の毛が張り付く。想像の数倍動きにくい状況に悪態をつきつつ、それでも足は止めない。
事故の時間までは15分――いや、14分だろうか。残り何分なのか分からない。いや、スマホを見れば分かるのだろうがそんな暇があるなら足を動かした方が良いだろう。
俺はただ、がむしゃらに走り続ける。
そして走ること……恐らく5分くらいすると、馴染みのある横断歩道に来た。信号は赤。交通量が多すぎるため、流石に信号無視をする訳にいかない。
「はぁ……はぁ……ふぅ……」
信号が青になるまでの間に、膝に手をついて息を整える。周りの雨の音は先程よりも勢いを増している。俺の記憶では、朝のホームルームが始まる数十分前――教室に人が来始める時間帯まで降っていたような気がする。つまり、雨は止まないという事だ。
信号が青になったので、額の水滴をぬぐってから再度走り出す。が、思ったよりも足が重く感じる。それが濡れた長ズボンのせいなのか、それとも疲労のせいなのかは分からない。
――それでも俺は、走り続ける。彼女を助けるために。
◆◇◆◇◆
「はぁ……」
彼が走り去った公園の出口の方を見て、ため息をつく。やれることはやったけど、どうしても本当に自分の行いが正しかったのかと考えてしまう。
本当に自分の選択が正しかったのか。彼に、先生に同情して手加減してしまったのではないか、そんな事を考えては思い直す。
「やっぱり後悔してる?」
隣にいる金髪の親友――みらいが心配そうに覗き込んでくる。その表情からは、私の事を本気で心配していることが分かる。
「うん。少しだけ……」
「大丈夫だよ。あーちゃんは間違ってない」
そんな風に彼女はにかっと笑いかけてくる。そして、無言になる。
いつもそうだ。どんな未来でも彼女は、大丈夫、間違ってないと言ってくれる。この私の記憶にも、何度も慰めてもらった記憶がある。
未来が変わる度に記憶を引き継ぐ私は、あおいと何度も出会っている。そして、その度に過去が変えられて未来が変わる。今回も過去が変えられてしまえば――、
「あーちゃんは、先生に幸せになってほしい?」
「――まぁ、お世話になったし。それなりには」
急に話しかけられて驚き、とっさに何も考えずに言葉が出てしまう。みらいは公園の出口の方を見たまま私の返事に言葉を紡ぐ。
「じゃあ、やっぱり間違ってないよ。あーちゃんは」
この私は、先生にかなりお世話になっている。それが原因で彼にかなり期待してしまっているのが自分でも分かるほどだ。今の私が実際にお世話になったわけではないが、この私の記憶を居る限り恩人と言っても差し支えない
「過去変えられちゃったら、お別れだね。あーちゃんは次の世界でも私を見つけくれる?」
「必ず、みらいに会いに行く」
「そっかぁ、それはすっごく嬉しいだろうなぁ。私」
そんな言葉を交わしながら、空を見る。相変わらずの暗雲。なんなら雨が強くなっている気配すらする。
そんな空を見ながら私は、叶うのならば、未来が変わらないでほしいと思うのだった。
◆◇◆◇◆
「ひゅー、ひゅー」
自分の息づかいだけが、耳に響く。雨の音が聞こえているのだろうが、酸欠で脳がうまく働いていない気がする。息は荒く、足はボロボロ。それでも足が止まることはなく、そうするべきだとでも言うように動き続ける。
俺はそんな、朦朧とした意識の中で考える。どうやって香織助けるのか。時野さんは、突き飛ばせと言っていたが……正直、事故の状況によって変わるので今考えても仕方がない。
他に考える事は……何を言うのかだろうか。突き飛ばす瞬間に一言くらい何か伝えることは出来るだろう。頑張れ、大丈夫……そんな言葉が浮かぶが、正直イマイチぴんと来ない。強いて言うなら、謝りたい。俺のせいで彼女が事故に逢ってしまったのもそうだが、一番は告白の日に、事故に逢ったと聞いて安心してしまった事だ。自分はフラれていなかったのだと、彼女は来れなかっただけなのだと、俺はほんの少し安心してしまった。
分かっている。俺も人間だし、完璧な聖人ではないことくらい分かっている。でも俺は、香織に謝りたい。そして俺は、最後の曲がり角を曲がる。息も絶え絶えで、思わず曲がり角の壁に手をついてしまうが気にせず顔を挙げる。
――そこには、あの日と変わらない香織がいた。
生きて、ちゃんと動いている。香織は、信号を今渡ろうとしていた。奥からは、トラックが来ている。あのトラックが子供を避けようとハンドルを切って事故を起こす。
俺は、駆け出した。世界がスローモーションのように見える。雨粒の一粒一粒が、見えて時野さんが何かしてくれたのかと思うが、俺の体もスローなので恐らく違うだろう。引き延ばされた時間の中、「ごめん」のその一言を言えるように口の中で準備する。
トラックが正面からこちらに来ている。俺はそして、半ばタックルのように手で彼女の背中を押して――
――香織と目が合った。
空白。考えていたことがすべて消えた。
香織は、驚いた顔をしたが、それ以外は何もしない。いや、何もできない。そもそも、彼女は状況すら把握できていないだろう。
その顔に俺は、やっぱりかわいいなぁとか割と気色悪い事を考えてしまう。そして俺は結局、
「好きだ」
その一言を言った。あの日伝えれなかった言葉を、彼女に伝えた。そして俺の視界は、黒に染まった。




