第11話 ――そして世界は動き出す
「俺は過去を変えます」
その一言が静止した世界に落ちる。俺の言葉を聞いた二人——葵さんとみらいさんは、俺の一挙手一投足を見逃すまいと目を細め、警戒している。当たり前だ。俺は今、この二人に、そして世界に向けて宣言をしたのだ。敵となる、と。
問題はこれからどうするか。逃げるのか戦うのか。当然あちらは対人用の戦闘訓練を受けているだろう。普通なら勝負にもならない。だが、今回は事情が違う。俺が彼女たちの身内であるため、未来への影響を考えて大きな危害は加えれないのだ。現に、今もにらみ合いが続いている。
「…………」
「…………」
無言。どちらも、動きたくても動けない……と言う訳ではなく、純粋にどれがベストな行動なのかを考えている感じだ。それは俺も同様で、どうすれば事故現場まで辿り着けるのかを、頭を回転させる。
最も効果的だと思われるのは、時間を停止し現在への影響を減らしている装置の破壊、もしくは停止。これが成功しさえすれば、彼女達は本当にできる手段がなくなるだろう。問題は、装置があるであろうテントが彼女たちの奥にあることなのだが。
テントまでの距離はかなりある。俺は一応、いつでも走れるように右足を半歩後ろへずらす。公園の砂のじゃりっという音が無音の空間に響く。その音を聞いてか、葵さんは――
「お願いします。どうか、過去を変えないでください」
頭を下げ、そう懇願してきた。その姿からは、純粋な誠意が伝わってくる。
純粋に、過去を変えないでほしい。その気持ちが伝わってくる。そこには多分、打算や、あわよくば気が変わってほしいという気持ちは感じない純粋な懇願だった。
そして、彼女は頭を直角に下げたまま言葉を続ける
「あなたが居なければ、彼女――時野美月に勝てない。それどころか、挑む権利すら失ってしまいます」
その言葉からもやはり、誠意が伝わってくる。
彼女がここまでする理由は当然、俺が未来でタイムマシンを作るからだろう。タイムマシンがなければ、時野さんと戦うために、過去へ赴くことすら出来ない。つまり、彼女に挑みすら出来ない訳だ。
だが、当然俺にも反論はある。
「俺じゃなくても、タイムマシンを作る人はいるでしょう?現に、時野さんは何度も時間警察と戦ったと言っていました」
「はい。ですが、貴方だけなんです。過去を変えようとしてタイムマシンを作ったのは」
顔を挙げて、彼女は言う。その表情は、何か思う所があるのか暗い。だが、目を逸らすことはなく、俺の目を見て言った。
確かに、過去を変えようとして作ろうとするのと研究で作るのは使いやすさや成功率など、色々と違うだろう。現に、過去を変える瞬間まで影響を減らすための時間停止装置は、過去を変えようと本気で思わない限り、思いつかないだろう。それがあるのとないのとでは、
「あなたが居れば、彼女に勝てます。だから、どうか――」
「どうか、過去を変えないでください」
再度、彼女は頭を下げる。彼女の声は、震えていて消え入りそうな声だった。
葵さんも時間放浪者なのだと、みらいさんは言っていた。未来が変わってもその記憶を他の未来の自分に引き継ぐのだと。俺が過去を変えれば、彼女は今の記憶を持ったまま何も知らない凡人の俺と、そして香織が生きる未来で目を覚ますのだろう。そこでは、彼女の交友関係は全く違うものになっているのだろう。ひょっとしたら今彼女の隣にいるみらいさんと葵さんは知り合ってすらいないのかもしれない。
その事について同情する気持ちはある。だが、それでも――
「それでも俺は、過去を変えます」
俺の選択によって彼女は不幸になる。それでも、俺は香織を助けたい。だから彼女の懇願に答えを返したのはある種のけじめであり、責任だった。
そして多分、それは彼女も同じなのだ。彼女の発言によって俺が過去を変えない選択すれば、俺はきっと不幸になる。香織を助けることを諦め、失意や後悔のなか生きていく。それを分かった上で、彼女は、正面から過去を変えないでほしいとそう言った。
だから俺も、彼女の目をしっかりと見て言った。目は逸らさない。
そんな俺を見て、彼女は言った。
「理由を、聞いてもいいですか?」
「それがすべき事だから…………いや、これは言い訳ですね。多分、俺は、香織を助けたいだけなんです。でも、過去を変えるのが怖かった。だって、過去を変えたら、俺のせいで大勢の人が不幸になる。消えてなくなる」
だから逃げていた。世界を変えることで多くの人が消える。そこには当然、知人や香織の両親も含まれている。そして、その人達を殺すことを誰かに責められているような気がした。そんなはずないのに。だって、俺も消えてなくなるのだから。
「でも、今は違います。世界を変える怖さよりも、香織を助けたいという気持ちが強い」
彼にやるべきことをやれと言われて、腹をくくった。
「そう、ですか……」
彼女は目を伏せて頷く。彼女に俺の考えが伝わったのかは分からないが、俺が過去を変えようとする意志が変わらないのは伝わったと思う。
そして、彼女は顔を上げて言った。
「あなたの考えは分かりました。ですが、こちらも引くわけにはいきません」
「なので、最後まで足搔きます」
そう言って、彼女は右手を少し挙げ、誰かに合図を送る。
――その瞬間、雨が降った。世界が再び動き出した。
「これは賭けです。私達は何も出来ない。ですが、貴方もこの雨の中、事故現場に間に合いますか?」




