第二章 消えた部費(後編)
翌日の昼休み。
遥と葵は文芸部の部室ではなく、職員室の前に立っていた。
「本当に先生に聞くの?」
葵が小声で尋ねる。
「うん。」
遥は静かにうなずいた。
「まだ確信はないけど、一つだけ確かめたいことがある。」
二人は扉をノックした。
「失礼します。」
顧問の小野寺先生は二人を見ると、少し驚いたように笑った。
「何か分かったのかい?」
「先生に一つだけ質問があります。」
「どうぞ。」
「文化祭の部費は、本当に昨日まで金庫の中にあったんですか?」
先生は一瞬だけ表情を止めた。
「……どういう意味かな?」
遥は落ち着いた口調で話し始めた。
「金庫にはこじ開けられた跡がありませんでした。」
「そうだね。」
「鍵も部長が持ったままでした。」
「うん。」
「そして、部室に残っていた石こうの粉は、美術部の佐藤さんが部誌を返しに来た時に付いたものだと分かりました。」
先生は黙って話を聞いている。
「でも、佐藤さんは金庫を見ていません。」
「……。」
「つまり、石こうの跡は偶然残っただけです。」
葵が続ける。
「だから犯人じゃありません。」
先生は腕を組み、小さく息をついた。
「それで?」
遥は一歩前へ出る。
「部費は、部長が『昨日確認した』と思い込んでいただけではありませんか?」
その言葉に、先生は目を見開いた。
そこへ、美咲も呼ばれて職員室へやって来る。
「え……?」
遥は責めるような口調ではなく、優しく尋ねた。
「部長。昨日、金庫を開けたとき、中身を数えましたか?」
美咲は少し考え込む。
「……そういえば。」
沈黙。
「数えてない。」
葵も息をのむ。
「鍵だけ確認して、そのまま閉めたかも……。」
先生はすぐに机の引き出しを開けた。
そこから一冊の出納帳を取り出す。
「そういえば。」
先生がページをめくる。
「一週間前、会計担当の生徒が『部費を一度預かります』と言っていた。」
職員室の空気が変わる。
「確認してみよう。」
数分後。
会計担当の二年生が呼ばれた。
「あっ!」
顔を見るなり、その生徒は青ざめた。
「すみません!」
深々と頭を下げる。
「文化祭の備品を注文するため、一度部費を職員室で預かっていました!」
「え?」
「注文が延期になって、そのまま先生の机の引き出しに戻したままで……。」
先生は苦笑した。
「私も忘れていた。」
引き出しの奥から封筒が取り出される。
中には三万二千円。
一円も減っていなかった。
美咲はその場に座り込みそうになる。
「よかった……。」
会計担当も何度も頭を下げる。
「本当にごめんなさい。」
遥は穏やかに微笑んだ。
「誰も盗んでいなくて安心しました。」
葵も笑う。
「これで一件落着!」
◇
放課後。
二人は校舎裏のベンチに座っていた。
「今回は事件っていうより、勘違いだったね。」
葵がジュースを飲みながら言う。
「うん。」
遥は空を見上げる。
「でも、思い込みって怖い。」
「え?」
「最初から『盗まれた』って決めつけていたら、佐藤さんを疑ったままだった。」
葵はしばらく黙っていた。
それから、にっこり笑う。
「だからエデンさんはすごいんだ。」
「違うよ。」
「違わない。」
葵は真っすぐ遥を見る。
「エデンさんは、人を疑う前に事実を探す。」
遥は照れたように笑う。
「それは、一人じゃできない。」
「え?」
「石こうのことを一緒に調べてくれたのは葵だった。」
「それは……。」
「私には行動力が足りない。」
葵は少し照れながら頭をかく。
「じゃあ、私はエデンさんの足?」
「足?」
「エデンさんが頭なら、私は走る担当!」
思わず遥は笑ってしまう。
「変な例え。」
「いいじゃん。」
二人は声を上げて笑った。
その笑い声を聞きながら校舎へ戻ろうとした、その時だった。
「エデンさん!」
振り返ると、一年生の女子生徒が駆け寄ってきた。
「あの……相談があります!」
「どうしたの?」
「夜になると、旧校舎の音楽室からピアノが聞こえるんです!」
葵の目が輝く。
「幽霊!?」
「違うと思うけど……。」
遥は少し困ったように笑った。
「でも、一度見に行こう。」
「決まり!」
夕日に染まる校舎を見上げながら、二人は歩き出す。
学校にはまだ誰も知らない不思議がたくさん眠っている。
小さな謎。
誰かの悩み。
そして、人の心の中に隠された本当の気持ち。
そのすべてに寄り添うために。
今日もまた、「エデンさん」と春風のような転校生は歩き続けるのだった。
――第二章 完――




