第二章 消えた部費(中編)
部室の窓から差し込む夕日が、床に落ちた白い粒を照らしていた。
葵はしゃがみ込み、もう一度指先でそれをすくい上げる。
「やっぱりチョークじゃないよね。」
「うん。」
遥も隣にしゃがんだ。
粒はさらさらとしていて、粉というより細かな結晶のようだった。
指でこするとすぐに崩れてしまう。
「部長、この部屋で何かこぼしましたか?」
遥が尋ねると、美咲は首を横に振った。
「心当たりはないよ。」
「掃除は?」
「昨日の放課後にしたけど、そのときは床はきれいだった。」
つまり、この白い粒は昨日の放課後以降に落ちた可能性が高い。
遥は部屋全体を見回した。
粒は入口から金庫まで点々と続いている。
だが、金庫を過ぎたところで跡は途切れていた。
「エデンさん。」
葵が小声で言う。
「誰かがここを歩いた跡、みたい。」
「私もそう思う。」
しかし、それだけでは犯人につながらない。
遥は立ち上がり、部室の外へ出た。
廊下にも同じ白い粒が落ちていないか確かめる。
「あった。」
部室の前から階段へ向かって、ほんの少しだけ続いている。
「まだ続いてる!」
葵も後を追う。
二人は慎重に粒をたどっていく。
二階へ降りる途中で、その跡は途切れた。
「ここまでか……。」
葵は残念そうに息をつく。
そのときだった。
「上乃園さん?」
声をかけてきたのは、美術部顧問の村瀬先生だった。
「何を探しているの?」
「少し気になるものがありまして。」
遥は床を指差した。
村瀬先生は「ああ」と納得したように笑う。
「それなら石こうだね。」
「石こう?」
「美術室で使う彫刻用の石こうだよ。」
遥と葵は顔を見合わせた。
「今日は三年生が石こう像を削っていたから、服や靴に付いたまま歩くと、あちこちに落ちるんだ。」
礼を言って先生と別れたあと、葵が腕を組む。
「ってことは、美術室?」
「可能性はある。」
二人は美術室へ向かった。
放課後の美術室では、数人の三年生が作品を片付けていた。
床には確かに白い石こうの粉が散らばっている。
部室で見つけたものとよく似ていた。
「すみません。」
遥が声をかける。
「昨日の放課後、文芸部の近くへ行った人はいますか?」
三年生たちは顔を見合わせる。
「私は行ってない。」
「俺も。」
すると、一人の女子生徒が思い出したように口を開いた。
「あ、佐藤くんなら行ってたかも。」
「佐藤くん?」
「文芸部に本を返しに行くって言ってた。」
葵がメモを取る。
「その人、今どこに?」
「たぶん図書室じゃないかな。」
◇
図書室。
窓際の席で本を読んでいた佐藤は、二人を見ると少し驚いた表情を浮かべた。
「文芸部?」
「少し聞きたいことがあるんです。」
遥は穏やかに事情を説明した。
佐藤はすぐにうなずく。
「ああ、昨日部誌を返しに行ったよ。」
「部室へ入りましたか?」
「うん。でも誰もいなかった。」
「その時、金庫は見ました?」
「見てないよ。」
嘘をついているようには見えない。
話し方も落ち着いている。
だが、遥はあることに気付いた。
「佐藤さん。」
「うん?」
「靴、昨日もその靴でしたか?」
佐藤は足元を見る。
「そうだけど?」
白いスニーカー。
靴底には乾いた石こうが付いていた。
「美術部なんだ。」
「そう。」
「だから石こうが。」
「毎日こんな感じ。」
葵は小さくうなずく。
これで石こうの正体は分かった。
しかし――。
「でも、それだけじゃ部費がなくなった理由にはならない。」
図書室を出たあと、葵がつぶやく。
遥も同じことを考えていた。
石こうの跡は「部室へ誰かが来た」証拠にはなる。
だが、「部費を持ち去った」証拠にはならない。
むしろ、あまりにも分かりやす過ぎる。
まるで「自分を見つけてください」と言わんばかりの痕跡だった。
その時、遥の頭の中で、昨日見たある光景がよみがえった。
部長・美咲が金庫を開けたときのこと。
――金庫の扉は最初から少しだけ開いていた。
遥は足を止める。
「葵。」
「どうしたの?」
「この事件……。」
静かに、しかし確信を持って言った。
「誰かが盗んだとは限らない。」
「え?」
葵は目を丸くする。
遥の視線は、校舎の向こうにある職員室へ向けられていた。
そこに、この事件の真相へつながる”最後のピース”があることを、遥は感じ始めていた。
――第二章・後編へ続く――




