第二章 消えた部費(前編)
四月も半ばを迎えた。
満開だった桜は少しずつ葉桜へと姿を変え、校庭には新しい緑が目立ち始めている。
転校生・神原葵がこの学校へ来てから二週間。
彼女はすっかり二年三組の人気者になっていた。
「エデンさん、おはよう!」
今日も教室に入るなり、葵は遥の席へ一直線にやって来る。
「おはよう。」
「昨日貸してくれた小説、面白かった!」
「読み終わるの早いね。」
「夜更かししちゃった。」
遥は苦笑しながら本を受け取る。
「寝不足じゃない?」
「少しだけ。」
そんな何気ない会話も、今では毎朝の習慣になっていた。
教室の後ろではクラスメイトが笑いながら言う。
「もう本当に仲良しだよな。」
「転校して二週間とは思えない。」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
◇
放課後。
遥と葵はいつものように文芸部の部室へ向かっていた。
廊下を歩いている途中、一人の一年生が慌てた様子で二人の前に立ちはだかる。
「あ、あの!」
「どうしたの?」
遥が尋ねる。
「文芸部の人ですよね?」
「そうだけど。」
「部長さんが……急いで来てほしいって。」
その表情は明らかにただ事ではなかった。
二人は顔を見合わせると、部室へ駆け出した。
部室の扉を開けると、部長の藤崎美咲が青ざめた顔で立っていた。
「来てくれた……。」
「何があったんですか?」
遥が尋ねると、美咲は机の上を指差した。
「部費が……なくなったの。」
一瞬、部屋が静まり返る。
「え?」
葵が思わず声を上げる。
「この前の封筒じゃないんですか?」
「違う。」
美咲はゆっくり首を振る。
「今回は文化祭用の部費を金庫にしまっていたの。」
部室の隅には小さな灰色の金庫が置かれていた。
扉は半開きになっている。
「鍵は?」
「掛けてあった。」
「壊された跡は?」
「ない。」
遥はしゃがみ込み、金庫を静かに観察した。
鍵穴に傷はない。
蝶番も壊れていない。
無理やり開けられた形跡は見当たらなかった。
「中に入っていたのはいくらですか?」
「三万二千円。」
決して少ない金額ではない。
「最後に確認したのは?」
「昨日の放課後。」
「今日、最初に部室へ来たのは?」
「私。」
美咲は深く息をついた。
「鍵を開けたら金庫が開いていて……中身だけなくなっていた。」
葵が腕を組む。
「誰かが合鍵を持ってた?」
「この金庫の鍵は一本だけ。」
「じゃあ、どうやって……。」
遥は机の上に置かれた鍵を見つめる。
その鍵には、小さな革製のキーホルダーが付いていた。
昨日も見た記憶がある。
「先生には?」
「もう報告した。」
ちょうどその時、顧問の小野寺先生が部室へ入ってきた。
「上乃園さん、神原さん。」
二人は立ち上がる。
「先生。」
「警察を呼ぶほどではないと思うが、学校としても調べることになった。」
「分かりました。」
「ただ……。」
先生は少し言いにくそうに続けた。
「職員会議でも話題になっていてね。」
「はい。」
「君たちが勝手に調査するのは危険だから、無理はしないように。」
遥は静かにうなずく。
「もちろんです。」
だが、その返事を聞きながら葵は遥の横顔を見ていた。
分かっていた。
遥は、困っている人を放っておけない。
それは今までの二週間で十分知っている。
先生が部室を出ると、葵は小声で言った。
「調べるんでしょ?」
遥は少しだけ笑った。
「……うん。」
「やっぱり。」
「でも犯人探しじゃない。」
「え?」
「まずは事実を集めたい。」
葵は嬉しそうに笑う。
「それなら私も一緒。」
二人は部室を見渡す。
本棚。
窓。
机。
金庫。
どれも普段と変わらないように見える。
しかし遥は、一つだけ気になるものを見つけた。
「葵。」
「なに?」
「床を見て。」
部室の入口から金庫まで、うっすらと白い粉のようなものが点々と落ちている。
「これ……何だろう。」
葵がしゃがみ込む。
指先で少し触れてみる。
「チョーク?」
「違う。」
遥は首を横に振る。
「もっと粒が細かい。」
窓から差し込む夕日が、その白い粉を照らしていた。
それは誰かが残した、ほんのわずかな”痕跡”。
そして二人はまだ知らない。
この白い粉こそが、「消えた部費事件」の真相へとつながる最初の手がかりになることを――。
(第二章・中編へ続く)




