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第一章 春風と転校生(後編)


 午後の授業は、葵にとって慌ただしい時間だった。


 教科書の確認、新しい先生への挨拶、クラスメイトとの自己紹介。


 休み時間になるたびに誰かが話しかけ、笑い声が絶えない。


 一方、遥は変わらず窓際の席で本を読んでいた。


 それでも、ときどき視線を上げる。


 そのたびに、葵が楽しそうに笑っている姿が目に入った。


 ――本当に太陽みたいな子だ。


 遥は心の中でそう思った。


 自分にはない明るさを持っている。


 だからこそ、一緒にいると不思議と心が軽くなるのかもしれない。


 放課後を告げるチャイムが鳴る。


「エデンさん!」


 葵はすぐに駆け寄ってきた。


「部活、見学してもいい?」


「文芸部だけど?」


「だから見てみたい!」


 遥は少し笑う。


「退屈かもしれないよ。」


「それは見てから決める!」


 二人は並んで部室へ向かった。


 文芸部の部室は校舎の三階、一番奥にある小さな教室だった。


 本棚には歴代の部誌や小説が並び、窓辺には鉢植えが置かれている。


「こんにちは。」


 遥が扉を開ける。


 部長の三年生・藤崎美咲が顔を上げた。


「お疲れ、遥。そっちの子は?」


「今日転校してきた神原葵さんです。」


「初めまして!」


 葵は元気よく頭を下げる。


「見学に来ました!」


「歓迎するよ。」


 美咲は柔らかく笑った。


 その時だった。


「あれ?」


 部長の表情が曇る。


「どうしました?」


「部費の入った封筒がない……。」


 部室の空気が一瞬で変わった。


「さっきまで机に置いてあったの。」


「部費ですか?」


「文化祭で使うお金。職員室へ持っていく予定だったんだけど……。」


 遥は机の上を見る。


 確かに封筒が置けそうな空間だけが残っている。


「誰か来ましたか?」


「私が職員室へ行っている間に、一年生が部誌を借りに来たくらいかな。」


「部室は鍵を?」


「開けたままだった。」


 葵が小さくつぶやく。


「つまり、誰でも入れたってこと?」


「そうなるね。」


 美咲は困った表情で椅子に座った。


「盗まれたのかな……。」


 その言葉に、遥は首を横に振る。


「まだ分かりません。」


 部室を静かに見渡す。


 本棚。


 机。


 椅子。


 窓。


 床。


 そして、開いたままの窓から吹き込む春風。


 カーテンがゆっくり揺れている。


「エデンさん。」


 葵が小声で言った。


「何か気付いた?」


「まだ。」


 遥は答える。


「でも、一つだけ気になることがある。」


「何?」


「部長は『机の上にあった』と言った。」


「うん。」


「でも、この机は窓際。」


 葵も窓を見る。


 風は思ったより強い。


 カーテンが大きく揺れるたび、机の上の紙が少しずつ動いている。


「もしかして……。」


 葵が窓の外を見る。


 二人は同時に立ち上がった。


 部室の外へ飛び出し、校舎裏へ向かう。


 春風が桜の花びらを舞い上げる。


 植え込みの中に、白いものが見えた。


「あった!」


 葵が駆け寄る。


 そこには、茶色い封筒が落ちていた。


 中を確認すると、部費は一円も減っていない。


「よかった……。」


 美咲は胸をなで下ろした。


「風で飛ばされたんだ。」


 遥は封筒を見つめながら微笑む。


「盗難じゃなくて安心しました。」


 部長は深く頭を下げた。


「二人とも、本当にありがとう。」


「私は何も。」


 遥がそう言うと、


「違うよ。」


 葵が笑った。


「私は外を探そうって思っただけ。」


「でも走り出したのは葵だった。」


「エデンさんが気付いたから!」


 二人は顔を見合わせる。


 そして、どちらからともなく笑い出した。


 その様子を見て、美咲は微笑む。


「いいコンビだね。」


 その一言に、二人は少し照れた。


 夕暮れの帰り道。


 校門を出ると、桜並木は夕日に染まり、昼間とは違う穏やかな表情を見せていた。


「ねえ、エデンさん。」


「なに?」


「今日、楽しかった。」


「私も。」


「また何かあったら、一緒に解決しよう。」


 葵は笑顔で右手を差し出した。


「相棒、ってことで。」


 遥は少し驚き、それから静かに笑う。


 その手を握り返した。


「よろしく、相棒。」


 その瞬間、二人の間に小さな約束が生まれた。


 学校で起こる数々の出来事。


 人の心に隠された秘密。


 そして、まだ誰も知らない「エデンさん」と呼ばれる少女の過去。


 春風が運んできた出会いは、やがて学校全体を巻き込む数々の謎へとつながっていく。


 その第一歩が、今、静かに始まったのだった。


              ――第一章 完――

黒歴史を掘り返した感覚に襲われて暑いですね

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