表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
25/31

第八章 夏空に咲く花火(後編)


 祭りの明かりを背に、二人はゆっくりと神社の石段を下りていく。


 さっきまで聞こえていた太鼓の音も、少しずつ遠ざかっていた。


 夜風が心地よく吹き抜け、浴衣の裾を優しく揺らす。


 葵は腕の中の白いうさぎのぬいぐるみを見つめ、自然と笑みを浮かべた。


「かわいい。」


 そっと抱きしめるように持つ姿を見て、遥も微笑む。


「気に入ってもらえてよかった。」


「もちろん。」


 葵は何度もうなずく。


「部屋の一番目立つ場所に飾る。」


「見るたびに今日のこと思い出せるから。」


 その言葉に、遥は少し照れたように笑った。


「私も。」


 遥は柴犬のぬいぐるみを大切そうに抱える。


「この子を見るたびに、葵が射的で喜んでた顔を思い出しそう。」


「えっ。」


 葵は思わず笑い出す。


「そこ?」


「うん。」


「すごく嬉しそうだったから。」


「だって取れたんだもん!」


 二人の笑い声が、静かな夜道へ溶けていく。


     ◇


 帰り道は川沿いの遊歩道を選んだ。


 祭り帰りの人たちも少しずつ家路につき始め、川面には花火の名残を映したような街明かりが揺れている。


「今日はいっぱい歩いたね。」


 葵が夜空を見上げる。


「うん。」


「でも全然疲れてない。」


「楽しかったからかな。」


 遥の言葉に、葵はうれしそうに笑う。


「私も同じ。」


 少し歩いてから、葵がふと思い出したように言った。


「ねえ、遥。」


「なに?」


「去年の今頃って、何してた?」


 遥は少し考える。


「本を読んでたかな。」


「家で?」


「うん。」


「夏祭りには?」


「行かなかった。」


「人が多いのが苦手だったから。」


 葵は少し驚いたような表情を浮かべた。


「じゃあ今年は?」


 遥は迷いなく答える。


「来てよかった。」


 葵は足を止める。


「本当に?」


「うん。」


 遥は優しく笑った。


「一人だったら来なかった。」


「でも、葵が誘ってくれたから。」


「こんなに楽しい夏祭りになった。」


 その言葉を聞いて、葵は少し照れくさそうに笑う。


「私も。」


「遥と一緒だから、何をしても楽しかった。」


 二人は顔を見合わせ、どちらからともなく笑みがこぼれた。


     ◇


 橋の上まで来ると、夜風が少しだけ強く吹いた。


 川面を渡る風は昼間の暑さを忘れさせるほど涼しい。


 遥は手に持っていた柴犬のぬいぐるみを見つめる。


「大切にするね。」


「約束。」


 葵もうさぎのぬいぐるみを抱き寄せる。


「私も。」


「絶対に大切にする。」


「もし何年後かに見つけたら。」


 葵は笑いながら続けた。


「『あの夏祭りの日だ』って思い出す。」


「きっと。」


 遥もうなずいた。


「忘れないと思う。」


 夏の夜空には、花火の煙がまだ薄く残っていた。


     ◇


 駅前まで戻ると、別れの時間が近づいていた。


「今日はありがとう。」


 葵が笑顔で言う。


「こちらこそ。」


 遥も笑顔で応える。


「また一緒に出かけよう。」


「うん。」


「今度はどこに行く?」


「水族館とか。」


「図書館もいいね。」


「あと、文化祭の準備もしなきゃ。」


「忙しくなりそう。」


 二人は未来の予定を一つずつ挙げながら笑い合う。


 別れ際。


 葵は少しだけ名残惜しそうに言った。


「また連絡するね、遥。」


 その呼びかけに、遥は自然な笑顔を返す。


「待ってるよ、葵。」


 二人は手を振り、それぞれの帰り道へ歩き出した。


     ◇


 その夜。


 自宅へ帰った遥は、机の上へ柴犬のぬいぐるみをそっと飾った。


「今日はいろいろ楽しかったな。」


 小さくつぶやくと、自然と笑みがこぼれる。


 一方、葵も部屋の棚へ白いうさぎのぬいぐるみを飾っていた。


「おやすみ。」


 そう声をかけて部屋の明かりを消す。


 窓の外では、夏の虫たちが静かに鳴いている。


 今日交わした約束も、笑い合った時間も、交換したぬいぐるみも。


 どれも二人にとって、かけがえのない夏の思い出になった。


 そして夏休みは、まだ始まったばかり。


 新しい季節は、二人にどんな物語を運んでくるのだろう。


                  ――第八章 完――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ