第八章 夏空に咲く花火(中編)
祭りの通りは、夕暮れから夜へとゆっくり姿を変えていた。
提灯の柔らかな灯りが石畳を照らし、屋台からは焼きそばやたこ焼きの香ばしい匂いが漂ってくる。
「次は何にする?」
葵が楽しそうに辺りを見回す。
その表情を見ているだけで、遥まで自然と笑顔になる。
「まだ行ってないところ……。」
「じゃあ、りんご飴!」
「さっき綿あめ食べたばかりだよ。」
「お祭りの日は別腹!」
「それ、今日だけで何回聞いたかな。」
二人は笑いながら屋台を巡った。
りんご飴を半分ずつ味わい、冷たいラムネで喉を潤し、金魚すくいでは葵が夢中になって挑戦する。
「あっ!」
紙が破れて、小さな金魚がするりと逃げていく。
「また逃げたぁ……。」
悔しそうに肩を落とす葵に、店主が笑いながら一匹だけ金魚を譲ってくれた。
「ありがとう!」
両手で大事そうに金魚の袋を持つ葵を見て、遥は思わず微笑む。
「そんなに嬉しい?」
「うん!」
「今日の思い出だから。」
その一言に、遥も静かにうなずいた。
「私も。」
「今日のこと、きっと忘れない。」
葵は少し照れくさそうに笑った。
「私もだよ、遥。」
◇
やがて祭りの明かりが少し落とされ、場内アナウンスが流れる。
『まもなく花火を打ち上げます。安全のため、立ち止まってご観覧ください。』
「始まる!」
葵が嬉しそうに遥の袖を軽く引く。
「こっちなら見えそう。」
二人は人混みから少し離れた河川敷の土手へ腰を下ろした。
夏の夜風が浴衣の袖を優しく揺らす。
空には星が少しずつ顔を見せ始めていた。
次の瞬間――。
ドンッ。
夜空いっぱいに大輪の花火が咲く。
赤。
青。
金色。
次々と色鮮やかな花が夏空を彩っていく。
「きれい……。」
葵は目を輝かせながら夜空を見上げた。
その横顔を見つめる遥の瞳も、花火の光を映して優しく揺れる。
「こんなに近くで見るの、久しぶり。」
「私も。」
二人は肩が触れそうなほど近くに座り、同じ夜空を見上げた。
しばらくは言葉もいらなかった。
花火が咲くたびに歓声が上がり、夜空に大きな光の輪が広がる。
「遥。」
葵が小さな声で呼ぶ。
「なに?」
「今日は誘ってよかった。」
遥は穏やかに微笑んだ。
「誘ってくれてありがとう。」
「すごく楽しい。」
葵は嬉しそうに笑い、再び夜空へ目を向ける。
最後の大きな花火が夜空を埋め尽くし、辺りは大きな拍手に包まれた。
◇
「終わっちゃったね。」
少し名残惜しそうに歩き始めた帰り道。
参道の端で、まだ営業している射的の屋台が目に入った。
「最後に一回だけ!」
葵が目を輝かせる。
「記念に勝負しよう。」
「いいよ。」
二人はそれぞれコルク玉を受け取った。
景品棚には、動物のぬいぐるみが並んでいる。
遥の目に留まったのは、小さな柴犬のぬいぐるみ。
葵は白いうさぎのぬいぐるみを見つめていた。
「よし!」
葵が狙いを定める。
一発目は外れ。
二発目も惜しく届かない。
「難しい……。」
最後の一発。
深呼吸をして撃つと、コルク玉が景品に当たり、柴犬のぬいぐるみが前へ倒れた。
「やった!」
店主が笑顔で柴犬を渡してくれる。
「おめでとう。」
一方の遥も静かに狙いを定める。
最後の一発で白いうさぎのぬいぐるみを落とし、店主から受け取った。
「遥もすごい!」
二人は顔を見合わせて笑った。
その時、葵が柴犬のぬいぐるみをそっと差し出す。
「これ。」
「遥に。」
遥は少し驚く。
「葵が欲しかったんじゃないの?」
「うん。でも。」
葵は照れくさそうに笑う。
「今日の記念だから。」
「遥が持っていてくれたら嬉しい。」
遥も優しく微笑み、自分が取ったうさぎのぬいぐるみを差し出した。
「じゃあ。」
「これは葵へ。」
「交換?」
「うん。」
お互いのぬいぐるみを受け取り、大切そうに胸へ抱く。
「宝ものだね。」
葵がそう言うと、遥は静かにうなずいた。
「うん。」
「見るたびに、今日のことを思い出せそう。」
「私も。」
祭りの灯りが少しずつ遠ざかっていく。
二人は歩幅を合わせながら、夏の夜道をゆっくり歩いた。
腕の中には、お互いから贈られた小さなぬいぐるみ。
それは高価なものではない。
けれど、二人にとっては、どんな景品よりも大切な夏の思い出になっていた。
(第八章・後編へ続く)




