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第七章 夏空に咲く約束(中編)


 翌日の昼休み。


 文芸部の部室には、重たい空気が流れていた。


 部長の美咲は本棚を何度も見返していたが、やはり創部以来受け継がれてきた「創作ノート」は見つからない。


「もう一度、部室中を探してみたけど……。」


 美咲は小さく首を振る。


「やっぱりない。」


 遥は部室を静かに見回した。


 本棚、机、資料棚。


 どこにも荒らされた跡はない。


 窓も内側から鍵が掛かっている。


「無理に持ち去った形跡はありません。」


 遥は落ち着いた声で言った。


「誰かが普通に持ち出した可能性が高いです。」


 葵が腕を組む。


「でも、部員しか入れないんじゃない?」


「そう。」


 美咲は答えた。


「鍵は私と顧問の先生しか持ってないの。」


 その時だった。


「失礼します。」


 一年生の女子部員が部室へ顔を出した。


「部長。」


「昨日、三年生の先輩が来てました。」


「三年生?」


 美咲は驚く。


「卒業した先輩?」


「はい。」


「名前は分かる?」


「えっと……。」


 少し考えてから答える。


「白石先輩です。」


 遥はその名前を聞いて、小さく目を細めた。


「白石先輩……。」


「知ってるの?」


 葵が尋ねる。


「一年生の頃、一度だけ会ったことがある。」


「文芸部の部誌で賞を取った人。」


 美咲もうなずいた。


「でも、急に来るなんて珍しいな。」


     ◇


 放課後。


 二人は職員室で来校者名簿を確認させてもらった。


 昨日の日付。


 そこには確かに、


 『白石優花』


 という名前が書かれていた。


「来てたんだ。」


 葵がつぶやく。


 しかし、その横には退校時間も記されている。


 滞在時間は、わずか十分。


「十分でノートを持ち出すかな。」


「目的がノートだったなら。」


 遥は考え込む。


「もっと長く部室にいる気がする。」


 葵は首をかしげた。


「じゃあ違う?」


「分からない。」


「でも。」


 遥は名簿を見つめたまま言う。


「一人だけ話を聞いていない人がいる。」


     ◇


 翌日。


 昼休み。


 二人は文芸部一年生の部員たちへ話を聞いていた。


「最近、部室で変わったことは?」


 遥の問いに、一人の女子生徒が手を挙げる。


「あります。」


「どんなこと?」


「二週間くらい前から。」


「誰かが放課後、一人で部室に残っていました。」


「誰?」


 女子生徒は少し迷う。


「……藤原先輩です。」


 藤原沙紀。


 二年生で文芸部副部長。


 遥と同じ学年だった。


     ◇


 放課後。


 二人は校舎裏のベンチで藤原を見つけた。


 本を読んでいた藤原は顔を上げる。


「あれ。」


「上乃園さん。」


「神原さん。」


「少しお話いいですか?」


 遥が尋ねると、藤原は本を閉じて笑った。


「もちろん。」


「創作ノートのこと?」


 遥とうなずく。


「知ってることがありますか?」


 藤原は少しだけ考え込む。


「……持ち出した人は知らない。」


「でも。」


「最近、創作ノートを読んでいた子ならいる。」


「誰ですか?」


「一年生の木崎さん。」


「毎日閉館時間まで読んでた。」


 葵が不思議そうな顔をする。


「そんなに面白いの?」


「うん。」


 藤原は優しく笑った。


「歴代の先輩たちの青春が詰まってるから。」


「恋の話も。」


「進路の悩みも。」


「友達との思い出も。」


「全部。」


 遥は少しだけ笑った。


「読みたくなりますね。」


「でしょ?」


     ◇


 その日の夕方。


 二人は図書室で木崎を見つけた。


 一年生の女子生徒。


 文庫本を読んでいた手が止まる。


「上乃園先輩。」


「神原先輩。」


 少し緊張した様子だった。


「少し話せる?」


 遥が穏やかに尋ねる。


 木崎は静かにうなずいた。


「創作ノートのことですよね。」


 最初から分かっていたようだった。


「読んでいたって聞いた。」


「はい。」


「どうして?」


 木崎は少し照れたように笑う。


「先輩たちみたいな小説を書きたくて。」


「だから毎日読んでいました。」


「持ち出してはいない?」


「してません。」


 その返事に迷いはない。


 遥は木崎の表情を見つめる。


 嘘をついているようには見えなかった。


「ありがとう。」


 二人は図書室を後にした。


     ◇


 校舎を歩きながら、葵がため息をつく。


「また振り出しだね。」


「うん。」


 遥もうなずく。


「でも、一つだけ分かった。」


「なに?」


「創作ノートは、みんなに大切にされていた。」


「だから。」


「盗む理由が見当たらない。」


 その時だった。


 廊下の向こうから、一人の女子生徒が慌てて走ってきた。


「上乃園さん!」


 息を切らしている。


 文芸部部長の美咲だった。


「大変!」


「どうしました?」


 美咲は震える手で一枚の封筒を差し出した。


「これが……部室の机に置かれてたの。」


 封筒には送り主の名前はない。


 裏には、ただ一言だけ書かれていた。


『最後の一編を書き終えるまで、探さないでください。』


 葵は思わず遥を見る。


「最後の一編……。」


 遥は封筒を静かに握りしめた。


「この事件。」


「まだ終わってない。」


 夏の夕暮れが校舎を赤く染める。


 誰かが隠したのではない。


 誰かが”書き続けるため”に、創作ノートを持ち出した。


 その理由を知る者は、まだ学校のどこかにいる。


                (第七章・後編へ続く)

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