表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/31

第五章 エデンさんの秘密(前編)


 体育祭が終わって三日。


 校庭にはいつもの穏やかな時間が戻っていた。


 教室の窓から吹き込む初夏の風が、黒板の時間割をわずかに揺らしている。


「終わっちゃったね、体育祭。」


 葵が机に突っ伏しながら大きく伸びをした。


「燃え尽きた?」


 遥が笑いながら尋ねる。


「うん。でも、優勝できなかったのは悔しい!」


「十分頑張ってたよ。」


「エデンさんは?」


「筋肉痛が二日続いた。」


 その一言に葵は思わず吹き出した。


「やっぱり運動苦手なんじゃん!」


「否定はしないかな。」


 二人が笑っていると、始業を告げるチャイムが鳴った。


     ◇


 放課後。


 文芸部へ向かおうとした遥は、自分の下駄箱の前で足を止めた。


「……?」


 一通の白い封筒が入っている。


 宛名はない。


 差出人も書かれていなかった。


 葵が隣からのぞき込む。


「ラブレター?」


「違うと思う。」


 遥は静かに封を開ける。


 中には、折り畳まれた一枚の紙だけが入っていた。


 そこには黒いペンで、たった一行だけ書かれている。


あなたは、本当の『エデンさん』を知っていますか。


 葵の笑顔が消えた。


「……何これ。」


 遥も黙ったまま紙を見つめる。


 その文字には見覚えがなかった。


 しかし、不思議と胸がざわつく。


「いたずらかな。」


 葵が言う。


「かもしれない。」


 遥はそう答えたが、心のどこかで違和感を覚えていた。


 これは悪ふざけではない。


 そんな気がした。


     ◇


 翌日。


 昼休みになると、妙な噂が校内を駆け巡り始めた。


「知ってる?」


「エデンさんって、本当は先生なんじゃない?」


「違うよ。昔、事件を解決したらしい。」


「えっ、警察から表彰されたとか?」


 教室のあちこちで、自分の名前が聞こえてくる。


 葵は机を叩いた。


「何なの、この噂!」


「放っておけば、そのうち落ち着くよ。」


「でも!」


 葵は納得できない様子だった。


「エデンさんは普通の高校生なのに。」


 遥は少し困ったように笑う。


「普通……かな。」


「普通だよ。」


 葵は即答した。


「少し観察力が良くて、人のことを放っておけないだけ。」


 遥はその言葉に少し照れくさそうな表情を浮かべる。


 その時だった。


「上乃園さん。」


 二人の前に現れたのは、一年生の高瀬結衣だった。


 生徒会書記として何度か話したことがある。


「会長がお呼びです。」


「また相談?」


「いえ。」


 高瀬は首を横に振る。


「この手紙を預かりました。」


 差し出された封筒を見た瞬間、遥は息をのんだ。


 昨日と同じ白い封筒。


 差出人も書かれていない。


 中には一枚の紙。


 今度は短く、こう書かれていた。


図書室へ。


     ◇


 放課後。


 二人は図書室を訪れた。


 静かな館内には、ページをめくる音だけが響いている。


 司書の先生は本の整理をしていた。


「何か探しもの?」


「少し古い文芸部の資料を見せていただけますか。」


「いいですよ。」


 案内された書庫には、歴代の部誌がきれいに並んでいた。


 創部から三十年以上続く文芸部。


 一冊ずつ年代順に並んでいる。


 遥は背表紙を指でなぞりながら数えていく。


「二〇二四年……二〇二五年……。」


 その時だった。


「あれ?」


 葵が首をかしげる。


「一冊ない。」


 確かに、二〇二五年度前期号だけが抜け落ちている。


 隣の部誌には貸出票が挟まっていた。


 最後に借りた人の欄は空白。


 返却日も書かれていない。


「先生。」


 遥が司書に尋ねる。


「この部誌は誰か借りていますか?」


 司書は棚を見て驚いた。


「あら?」


「どうしました?」


「おかしいですね。」


 貸出記録を確認する。


「この部誌は館外貸出禁止なんです。」


「……。」


「本来なら、ここから持ち出せません。」


 つまり。


 誰かが無断で持ち出したということになる。


 葵は小さくつぶやいた。


「手紙を書いた人?」


 遥は棚を見つめたまま答えない。


 視線は、部誌があったはずの隙間に向けられていた。


 まるで、その一冊だけが最初から存在しなかったかのように。


     ◇


 帰り道。


 夕日が校舎を赤く染めていた。


「エデンさん。」


 葵が静かに歩幅を合わせる。


「一つ聞いていい?」


「うん。」


「どうしてみんな、エデンさんって呼ぶようになったの?」


 遥は立ち止まった。


 今までなら笑ってごまかしていた質問。


 しかし今日は違った。


 遥はゆっくりと空を見上げる。


「……その話は。」


 少しだけ寂しそうに笑う。


「長くなるよ。」


「聞きたい。」


 葵の声は真っすぐだった。


「友達だから。」


 その言葉に、遥は目を閉じる。


 初夏の風が二人の間を静かに吹き抜けた。


「分かった。」


 遥は小さくうなずく。


「でも、その前に。」


 制服のポケットから二枚の手紙を取り出す。


「この手紙を書いた人を見つけよう。」


「うん。」


「たぶん、その人は私の過去を知っている。」


 そう言った遥の横顔は、どこか今までより大人びて見えた。


 そしてその頃、校舎の屋上では、一人の人物がフェンス越しに夕焼けを見つめていた。


 その人物の手には、一冊の古い文芸部誌。


 表紙には大きく、


 『二〇二五年度前期号』


 と書かれている。


 その人は部誌を静かに閉じ、小さくつぶやいた。


「気付いてくれたね、遥。」


 夕日に照らされたその笑顔は、どこか懐かしさを帯びていた。


 しかし、その正体を知る者は、まだ誰もいなかった。


                (第五章・中編へ続く)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ