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第四章 消えた優勝旗(後編)


 放課後。


 体育祭の練習を終えた生徒たちが次々と校舎をあとにする中、遥と葵は生徒会室に集まっていた。


 机の上には朝倉が書き出したメモが置かれている。


 昨日、生徒会室の鍵箱を開けた五人の名前。


 朝倉悠真。


 白石美月。


 高瀬結衣。


 体育委員長・近藤健太。


 そして体育祭実行委員長の森下陸。


 葵がメモを見つめる。


「この中の誰かが優勝旗を持ち出したってこと?」


 遥は静かに首を振った。


「まだ分からない。」


「でも、鍵を使えたのはこの五人だけだよ?」


「そう。」


 遥は窓の外へ目を向けた。


 グラウンドでは、運動部の生徒が後片付けをしている。


「だからこそ、不自然なの。」


「え?」


「もし盗むつもりなら、鍵を使ったことが分かる方法では持ち出さない。」


 朝倉も腕を組む。


「確かに……。」


「それに。」


 遥は続けた。


「屋根に残っていた足跡は一人分だけでした。」


「うん。」


「でも、優勝旗は大きい。」


 朝倉は保管庫を思い浮かべる。


 優勝旗は長い旗竿に取り付けられており、一人で屋根を伝って運ぶにはかなり目立つ。


「屋根を歩いた人は。」


 遥はゆっくり言った。


「優勝旗を運んでいたわけじゃない。」


 その一言で、部屋の空気が変わった。


     ◇


「森下くんを呼んできます。」


 高瀬が廊下へ走る。


 数分後、体育祭実行委員長の森下陸が生徒会室へやって来た。


「話って何ですか?」


 少し日に焼けた顔に、疲れたような表情が浮かんでいる。


 体育祭の準備で忙しいのだろう。


 遥は穏やかな声で尋ねた。


「昨日、保管庫へ行きましたか?」


「……行きました。」


「何をしに?」


「カラーコーンを取りに。」


「屋根に上りましたか?」


 森下の表情が固まる。


「どうして、それを……。」


「足跡がありました。」


 しばらく沈黙が続く。


 やがて森下は苦笑した。


「ばれちゃいましたか。」


「何があったんですか?」


「サッカーボールが屋根に乗ってしまって。」


 その場にいた全員が顔を見合わせる。


「昼休みに一年生と遊んでいたら、蹴り過ぎて……。」


「だから脚立を使って?」


「はい。」


「優勝旗は?」


「見てもいません。」


 遥は静かにうなずいた。


 やはり、屋根の足跡は偶然だった。


 これで一つの謎は解けた。


 だが、本当の謎はまだ残っている。


     ◇


 生徒会室を出たあと、葵がつぶやく。


「振り出しだね。」


「ううん。」


 遥はゆっくり歩きながら言う。


「あと一つだけ、気になることがある。」


「何?」


「朝倉さんは『優勝旗がない』と言った。」


「うん。」


「でも、『旗竿』がないとは言っていない。」


 葵は立ち止まった。


「……あっ!」


 二人は急いで保管庫へ戻る。


 壁際の台をもう一度確認する。


 すると。


「これ……。」


 葵が声を上げた。


 木製の台の奥に、黒い布が少しだけ見えている。


 二人で慎重に台を動かす。


 そこには。


「優勝旗!」


 折り畳まれた状態の優勝旗が、台と壁の隙間に挟まっていた。


 朝倉たちも駆けつける。


「本当だ……!」


 旗は少し斜めに立て掛けられたまま滑り落ち、台の陰に入り込んでいたのだ。


 外から見ると完全に死角になっていた。


「どうして誰も気付かなかったんだろう。」


 白石が驚く。


 遥は旗竿を見つめる。


「昨日、保管した時。」


「うん。」


「きちんと奥まで立て掛けなかったんだと思います。」


 その後、誰かが保管庫へ出入りした際、少しずつずれて台の裏へ落ちた。


 盗難でも隠蔽でもない。


 ほんの小さな偶然が重なって起きた出来事だった。


     ◇


「本当にごめんなさい。」


 朝倉は深く頭を下げた。


「最初から盗まれたと決めつけてしまった。」


「誰でもそう思います。」


 遥は穏やかに答える。


「大切なものほど、なくなったと思い込みやすいですから。」


 白石が苦笑する。


「今回も、人を疑わずに済んだね。」


「うん。」


 葵は笑顔でうなずいた。


「エデンさんのおかげ。」


「違うよ。」


 遥も笑う。


「屋根の足跡が偶然だって分かったのは、森下さんがちゃんと話してくれたから。」


 森下は照れくさそうに頭をかいた。


「今度からボール遊びは場所を考えます。」


 その言葉に、生徒会室は笑いに包まれた。


     ◇


 三日後。


 体育祭当日。


 五月晴れの空の下、開会式が始まる。


 朝倉が優勝旗を掲げると、全校生徒から大きな拍手が起こった。


 その様子を見ながら、葵は小さくつぶやく。


「戻ってよかった。」


「うん。」


 遥も微笑む。


 優勝旗はただの旗ではない。


 そこには何年分もの努力と悔しさ、そして喜びが刻まれている。


 だからこそ、誰も失いたくなかったのだ。


 開会式が終わると、クラスメイトが二人のところへ駆け寄ってきた。


「エデンさん!」


「神原さん!」


「リレーのアンカーが足を痛めちゃった!」


「代わりを探してるんだけど、誰も見つからなくて……!」


 葵は目を輝かせる。


「今度は競技のトラブル?」


 遥は困ったように笑った。


「今日は謎じゃないね。」


「でも、人助けでしょ?」


「……そうだね。」


 二人は顔を見合わせて笑い、急いでグラウンドへ向かって走り出した。


 体育祭の歓声が青空へ響く。


 学校には事件だけではなく、誰かの「困った」が毎日のように生まれる。


 それを解決するたびに、人と人との距離は少しずつ近づいていく。


 そんな当たり前の日常こそが、二人にとって何より大切な青春だった。


 そして、この体育祭のあと。


 遥のもとへ、一通の差出人不明の手紙が届く。


 そこには、たった一行だけ書かれていた。


「あなたは、本当の『エデンさん』を知っていますか。」


 その手紙が、遥自身の過去へとつながる新たな物語の始まりになることを、このときの二人はまだ知らなかった。


              ――第四章 完――

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