第四章 消えた優勝旗(中編)
保管庫の中は静まり返っていた。
外では体育祭の練習をする生徒たちの掛け声が聞こえるのに、この小さな部屋だけは時間が止まったようだった。
遥は部屋の奥に置かれた古い木箱の前にしゃがみ込む。
表面には長い年月を感じさせる傷がいくつも刻まれていた。
「これ、何が入っているんですか?」
朝倉が答える。
「昔の体育祭で使っていた備品だよ。ほとんど処分予定だけど、まだ残してある。」
「開けてもいいですか?」
「もちろん。」
蓋を開けると、中には古びたハチマキや得点板、色あせたメガホンがきれいにしまわれていた。
優勝旗はない。
しかし遥は、一番下に一冊のアルバムを見つけた。
表紙には金色の文字で『体育祭の記録』と書かれている。
ページをめくると、歴代の優勝クラスの集合写真が並んでいた。
「懐かしいな。」
朝倉が微笑む。
「僕の兄も載っている。」
葵は写真を見ながら笑う。
「みんな今より幼い!」
その横で、遥は一枚の写真に目を留めた。
優勝旗を掲げて笑う生徒たち。
その旗の房は、今朝見つけた青い糸と同じ色をしていた。
「……。」
遥は写真を閉じる。
糸は確かに優勝旗のものだ。
しかし、それだけでは何も証明できない。
◇
保管庫を出ると、ちょうど昼休みが終わろうとしていた。
校庭では応援団の練習が始まり、大きな太鼓の音が響いている。
「エデンさん。」
葵が歩きながら言う。
「気になることがある。」
「私も。」
「靴跡。」
「うん。」
葵は指を折りながら整理し始めた。
「外靴で入ってきた人がいる。」
「そう。」
「でも出ていった跡がない。」
「うん。」
「それに脚立も使ってる。」
遥は静かに続ける。
「つまり、普通の出入りはしていない。」
「じゃあ……。」
葵が立ち止まる。
「どこから出たの?」
その疑問に答えるように、一陣の風が吹いた。
体育館の裏へ舞い上がった砂埃。
遥はその風を見て、ふと保管庫の屋根を見上げた。
「屋根?」
保管庫は古い平屋造りで、隣の体育館とは渡り廊下でつながっている。
そして屋根の高さは、大人なら十分手が届く程度だった。
「葵。」
「うん?」
「さっき脚立が置いてあった場所、覚えてる?」
「入口の横。」
「脚立を立てれば、屋根に上がれる。」
葵は思わず目を丸くした。
「まさか……!」
二人は再び保管庫へ戻った。
朝倉たちもあとを追う。
脚立を壁に立て掛けると、遥は慎重に上へ上がった。
屋根の上には、うっすらと砂埃が積もっている。
その上を横切るように、靴跡が残っていた。
「やっぱり。」
遥が小さくつぶやく。
靴跡は保管庫から渡り廊下の屋根へ続いている。
さらにその先は、体育館裏の非常階段近くまで続いていた。
「誰かが屋根を歩いたんだ。」
葵が感心したように言う。
「でも、優勝旗を持って?」
「そこが分からない。」
遥は周囲を見回した。
屋根の上に優勝旗を引きずった跡はない。
もし旗を持って歩けば、埃が大きく乱れるはずだ。
だが、その形跡は見当たらなかった。
「……違う。」
遥はゆっくり首を振る。
「え?」
「屋根を歩いた人はいる。」
「うん。」
「でも、その人が優勝旗を持っていたとは限らない。」
葵は腕を組む。
「また別の人?」
「まだ分からない。」
その時だった。
「会長!」
校庭から一人の男子生徒が走ってきた。
体育委員長の近藤だった。
「大変です!」
朝倉が振り返る。
「どうした?」
「体育館倉庫の鍵、昨日から見当たりません!」
「鍵が?」
「予備もありません!」
朝倉の表情が曇る。
「それを先に言ってくれ……。」
近藤は申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません。誰かが持っていると思っていて……。」
遥はその会話を静かに聞いていた。
そして、ある違和感に気付く。
「朝倉さん。」
「何だい?」
「優勝旗の保管庫の鍵と、体育館倉庫の鍵。」
「うん。」
「保管場所は同じですか?」
「生徒会室の鍵箱だけど……。」
朝倉は言いながら、はっとした表情になる。
「まさか……。」
「昨日、その鍵箱を開けた人を全員教えてください。」
空気が張り詰める。
朝倉はゆっくりとうなずいた。
「昨日、生徒会室へ入ったのは……。」
会長、副会長、書記。
体育委員長。
そして、体育祭実行委員長。
全部で五人。
遥はその名前をメモ帳に書き留めた。
優勝旗が消えた謎。
屋根の足跡。
なくなった体育館倉庫の鍵。
バラバラだった三つの出来事が、少しずつ一つの線で結ばれ始める。
そして、その線の先には――。
一人の生徒が、誰にも言えない秘密を抱えていた。
(第四章・後編へ続く)




