第八話 ゴブリン
なぜ土の中に埋もれただけで死なねばならないのか、いわれてみれば不思議である。別に酸素がなくても生きていける人間がいてもいい。つまりそいつがやったことはそれだ。
ボゴンと音を立ててダンジョンの天井の中から傭兵達のボスが下りてきた。五体満足体調に悪いところなし。むしろ火照っていた体が土に冷やされて良い感じに気分も良い。素っ裸のまま背伸びを一つすると、特に問題なしとばかりに気合を入れた。
その様子にテオは置いとくとしてサイレントも不思議がっていた。間違いなく土中で圧死、もしくは窒息死しているはずだ。なのにこれは何だと、しかしすぐに答えに思い至った。
「もしかして魔力ですか」
そう、今の世の中では存在が認められていない力、それが魔力である。
「魔力ってあれ、サイレントさんが言ってたダンジョンを動かすために必要な力だとか」
「はい、その魔力です」
確かに言われてみれば反社の塊であるダンジョンを動かす為の力を、これまた反社の塊である山賊まがいの傭兵団のボスが使えたとしても何も不思議はない。どっちも同じようなものだからだ。
「なるほど、納得しかできないね」
「何を納得したのかは知りませんが、その魔力を桁違いに持っているのがテオ様だという事は忘れないでくださいね」
魔力という点では自分が百万人に一人の才能の持ち主だったという事を思い出したテオだが、もう心が傷つくようなことはなかった。単純に慣れたのだ。
「テオ様が何を思い至ったかはともかく、世間からは魔法が忘れ去られても、一部の人間達はこうして魔法を秘匿して使えるようにしていたのでしょう。彼女は恐らく何らかの魔法を使い、生き延びたと見るのが正しいかと」
そう、魔法使いであれば土の中で生き抜く事もたやすくはない。魔法が使えたからと言っても、酸素がなければ死ぬに決まってる。
サイレントはそこまで思い至ると、あの生命力は魔法とかそんなもんじゃないなと思い直した。
「テオ様、なんで彼女は生きているのでしょうか?」
「知らないよ!! さっき言ってた魔力とかじゃないの!?」
そんなテオとサイレントは置いとくとして、傭兵団のボスである彼女は気分が高揚していた。
このボスの名前はカトリーヌと言う。
カトリーヌは生まれた時点で体重五キログラムを超える巨漢であった。両親ともにその顔付きの悪さと体の大きさに驚いたが、何より驚いたのが、その顔面の凶悪さと体格に見合った凶暴性であった。
カトリーヌがやってない悪事と言えば知能犯全般で、それ以外の腕力があればできる事は大体やってきた。どこに出しても警察に捕まるような経歴のカトリーヌであるが、その彼女は現在高揚感に包まれている。
彼女は飢えていた。どんな達人でも自分を殺す事が出来ず、軽く小突いただけでそこらの凡人なんぞ死んでしまう。デコピン一つで成人男性の頭蓋骨を破裂させることができる彼女は、その力の使い場所に飢えていた。
今回の町への襲撃も仕事合間の気晴らしとして、どこまで民間人をぶっ殺せるか試してみたかっただけである。
殺人鬼とサイコパスの中間くらいな価値観で動いていた彼女であるが、今は違う。今は目に映るすべてが新鮮であった。
この建物は何だ、この場所は何だ、なんで土の中にいきなり自分はいたんだ。部下達が死んだことなんぞどうでもよかった。元から部下なんてものは便利な手駒程度にしか考えず、欠片ほどの情も持っていない。そんな奴らの事より今は目の前のこれだ。
性別以外のすべてが暴力で彩られてきた彼女にとって、心躍るこの感情も含めて全てが初めての出来事であった。だが、そんなカトリーヌの前に人類にとっての脅威が現れた。魔物である。
その魔物の関係者兼責任者であるところのテオは、現在サイレントから魔物について説明を受けている。
「では、魔物の召喚について詳しく説明いたしますと、ダンジョンマスターの持つ魔力によって異世界から特定の生物を呼び出す術でございます」
「うん、それで」
「ただ手に負えない魔物を召喚すると、そのままダンジョンを突き抜けて地上に出てきます。そうなりますと、近くの人里、つまりはテオ様の住んでいる町を主に狙って襲撃してくるので町が滅びます」
「でも魔物を呼ばないとあの女ボスを殺せないから町が滅びるよね」
「そうですね」
じゃあしょうがねえ、とにかく魔物を呼び込んであれぶっ殺すしかねえわ。今ここにおいてテオにはためらいも何もなかった。とにかくぶち殺す、それしか考えていない。
「ですが手始めとして、ダンジョンを作った時にゴブリンの住処と繋げてはいます。ゴブリンとは人の子供ほどの背丈を持った二足歩行の亜人です。顔は犬に似ていますが、道具を扱えるほどに器用な手を持ち、しかし何より凄いのはそれでありながら身体能力は類人猿をも超えるほどだという事です。単独行動もせず常に群れで過ごしており、数十から数百の数で集団生活をしております」
サイレントの言葉を一つ一つ噛みしめて理解すると、テオもようやく合点がいった。
「それ手に負えない側の魔物だよね?」
「見てください、戦闘が始まりましたよ」
テオの疑問を華麗にスルーすると、テオに戦闘を見るように促す。宝玉が映し出すその映像には、テオの町で略奪の限りを尽くそうとした大女と、テオの町で殺戮の限りを尽くす予定のゴブリン達とで戦闘が始まろうとしていた。
まず、魔物は基本的に人間が大好物だ。それはもう純粋に大好きであり、彼らの食文化には人という存在は欠かせない。そんな彼らの目の前にいきなり人間が現れたとしたらどうだろうか、御馳走と言う他はないのである。
サル以上に素早く、チンパンジーより剛腕で、人よりも悪意と狂暴性を持った存在、それがゴブリンだ。まずは先頭のゴブリンがなぜか素っ裸で歩いているバカの足めがけて手に持った棍棒を振りぬく。
足を潰して、そこから嬲り殺そうと言う算段であったが。その棍棒が当たる前に、カトリーヌの右足がそのゴブリンの顔面を打ち砕いた。
ヤクザキックをモロに食らったゴブリンが、他のゴブリンを巻き込みながら吹き飛ばされる。そして、そのまま面食らっているゴブリンの群れまでカトリーヌが近づくと、あたりかまわず暴れ始めた。
たった一人の人間が小型のゴリラみたいな戦闘力を持っているゴブリンを蹴散らしていく姿に、サイレントも疑問が深まる。
「おかしいですね、いくらなんでも強すぎます。彼女は本当に人間なのですか?」
「あれが人間だっていうのなら何が人間なんだって気はするよね。外見以外はまだゴブリンの方が人間に近いんじゃないかと思うよ」
テオの方も、画面先で人という種族の限界地点をぶっちぎっているカトリーヌの姿に感動すら覚え始めていた。
「魔法も使えない今の人間がこのような力を発揮できるわけが……あ」
そこでサイレントが何かに思い至った。
「テオ様、分かりました。彼女は間違いなく魔力を使っています。ただし、それを無意識に自然に使えるようになったという話です」
魔力、その言葉にテオも納得した。もう不可思議な現象には大体それが関わっていると理解し始めている。
「魔力とは、命の危機や強烈な感情で覚醒する性質があります。人よりも多く戦闘を積み重ね、人を人と思わない強烈な悪意の持ち主であれば自然と魔力を身に着け、それを操る術を持つのかもしれません」
「その魔力とかいう奴、本当いい加減にしてくれねえかな」
サイレントの言い分をまとめると、戦いが大好きな殺人鬼であれば人の限界を超えて強くなれるという事だ。その実例がテオの見ているそれだ。
「ですがテオ様、世の中は力のあるものが支配するのですよ」
「んな事は分かってるよ、その力の持ち主がやべえって言ってるだけで」
「いえわかっていませんよテオ様。つまり、テオ様が住んでいる国も、同じように力のある人間が支配している可能性が高いと言う話です」
「それはどういう意味?」
テオが疑問を投げ掛けたその時だ、画面の向こうから大声が聞こえてきた。カトリーヌの叫び声だ。野生の獣が吠えられる範囲をはるかに超えた大声量に、画面越しからもその気迫が伝わってくる。
カトリーヌは喜びの中に包まれていた。自身が本気で殴っても蹴ってもゴブリン達は一撃で死んでいない、それが何と素晴らしい事か。人相手では決して起きない奇跡、虎や獅子のような知性の無い獣ではない、悪意を携えた凶悪な相手であるのが、またカトリーヌの心に火をつける。
さらに激しさを増すカトリーヌの攻撃に、一匹、また一匹とゴブリン達も絶命していく。そうしてゴブリンの殆どが血の海に溺れたその時だ、ゴブリンのボスが現れた。
そいつはゴブリンにしては大きすぎた。体格はカトリーヌをも超えている。突然変異によって生まれた個体。小型であっても驚異的な身体能力と戦闘力を持つゴブリンがもしも巨大な体格で生まれたらどうなるか、筋繊維の一つ一つが人や猛獣よりも強靭であるゴブリン種に、もしも恵まれた体格が備わっていたら。そんな悪夢が現実に現れたらどうなるか。それこそがこの固体、時にただ一個体であっても騎士団一つにも匹敵する化け物。ゴブリン種の王、トロールである。
というような説明を画面の前でサイレントから受けているテオは納得がいったとばかりに頷いていた。
「だからこれ、手に負えない側の魔物だよね?」
「見てくださいテオ様、戦闘が始まります」
二つの化け物が対峙する。両者ともに力と殺意は十分。人を殺した数はカトリーヌの方がわずかに多いが、トロールの方も視界に入った人類は大体ぶっ殺してきた豪傑である。互いに部下はいない。二人きりとなったダンジョンの中で、超豪傑同士がぶつかり合う!!
「いますぐダンジョンの入り口を封鎖して、周囲の土から何まで全部コンクリートでも鉄でも岩でもなんでもいいから固めて」
「わかりました」
サイレントがテオの命令を受けて、ダンジョンの入口をぶち壊して土に埋めると、ダンジョンの周囲の土を全部作り変える。
土の下から、何かが暴れている振動と音が直で響いてくるが、もうそんなことはどうでもいい。特級の危険地帯となったテオ君のチュートリアルダンジョンは、こうして封印されることになった。
「というわけで、ダンジョンについてのチュートリアルは終わりです。お判りいただけたでしょうか?」
「いや、何もわかんないけど」
本当に何もわからない。何をこれで学ぶのかもわかんないし、ダンジョンの中に封印されたあの化け物達をどうすればいいのかもわからない。
その返答にサテライトも同意する。何一つとして講義として成り立っていない極めて無駄な時間を過ごしたことに全力で同意できた。全く持ってその通りである。
なので、サテライトはもしもの時のために用意していた麻酔薬入りの注射をテオの頸に刺した。慣れたもので、瞬時にテオの背後に回り込む動きや、暗闇の中で正確に静脈に打ち込む手際などはプロと言えた。よほど人を攫うのに慣れてなければこうはいかない。
「なに…を……」
「後はお任せくださいテオ様」
そのままがくっと意識を失ったテオを担ぎ上げると、滅びの地となるであろうテオの町からは逃げ出して、本拠地として設定してあるダンジョンへとサイレントは向かった。




