第七話 テオの責任
サイレントが宝玉に手を当てると、傭兵の駐屯地全体の地面が窪んで落ち込んだ。テオのすぐ目の前の地面から先全てが地中深くまで続く大穴に変わると、ボスも含めた傭兵達全てが大地深くに落ちていった。
ガコガコンという音と共に地下深くで何かが形成されていく。常識外の出来事、人の持つあらゆる技術ではできる事もない業。サイレントが行っている事はまさにそれだ。何の建物一つなかった山肌に、彼女は巨大な地下迷路を現在建設しているのだ。だが、そんな事はテオにとってどうでもいい。
テオは先ほどの山賊級ボス女の裸体が目に焼き付いていた。いうまでもなくテオにとって家族以外の女性の裸を見るのはこれが初めてである。そのテオにとってあれはいったい何だったのかという疑問しか湧いてこない。
あれの裸に性的な興味を一切持てなかった自分がおかしいのか、それとも男として少しは持つべきなのか、中々どうして哲学的な意味を持つこの問題にテオが悩んでいるとサイレントが話しかけてきた。
「テオ様どうしますか」
「え、何が?」
「テオ様が今後管理する事になるダンジョンについての話です」
「ああごめん、ちょっと生命の誕生について悩んでたんだ。そうダンジョンねダンジョン。よし、ダンジョンだ」
まずはダンジョンからだ、悩むのは後でいい。彼は自身にそう言い聞かせた。
「僕は何すりゃいいの? 悪魔にでも魂を捧げればいいのかな?」
「一言で言えばその通りです」
まさかの大正解にテオも驚いた。
「ダンジョンとかろくでもないだろうなとは思ってたけど、本当にろくでもないんだねこれ」
「まあ正確に言えば悪魔にではなくて、人の魂をエネルギーとして各機能を活用するですね。ちなみに今回のダンジョン形成も、本拠地であるダンジョンに蓄えられている力を使っています」
本拠地、あの自分が誘拐されたあれか、とテオは思い出したくもない事を思い出した。
「ダンジョンとは人間の魂を活用すればするほど、できる事が増えていきます。各種の財宝などもそれらを稼ぐものでして、財宝という餌を用意して人間達を釣った後に魔物達で襲う。と言うのがルーチンワークとなります」
「社会で一番いらない仕事だってのはよくわかるよ」
「たしかに社会的に見れば反社の要素しかありませんが、そのダンジョンがなければテオ様はあの山賊女のお婿さんとして幸せな家庭を築き上げていましたよ?」
それも事実だった。もしもサイレントが現れなければ。もしもダンジョンマスターとかいうマフィアもびっくりな反社のボスにならなければ。テオはあの山賊女と強制的に終生の誓いを結んでいただろう。
「というわけでテオ様。今一つ選択があります。形成中のダンジョンの中にあの傭兵達を放り込むか、それともダンジョンの中に放り込まずに土に埋もれさせるかです。前者はさきほど言ったように魂を稼ぐ上では有効です。後者は死するのがダンジョン外である以上、魂は稼げませんが彼らを見世物とせず、人として死なせることができます。どちらにしますか?」
ダンジョンマスターとしての選択。ダンジョンの中に放り込めば遠からず死ぬだろう。魔物達を配置して傭兵達を餌とし、その全てをテオのための教育にサイレントは捧げるつもりだ。であるならば、このまま土の中に放り込んで殺すのがせめてもの慈悲である。これはサイレントができる最大の譲歩でもあった。
「どうしても決めなきゃダメ?」
「はい」
自分の手で人の生き死にを決めたくない。当然の話だ。覚悟が決まってるだの、殺意だのは実際にこの場面では何の役にも立たない。
「できれば僕自身の手を汚さず排除できないかな。別にへたれたわけじゃないんだけど、ダンジョンマスターとして余裕の一つでも見せてあげてもいいかなと思ってさ」
「できますよ」
「できるの!?」
「はい、テオ様の代わりに私が彼らを排除してもいい、とテオ様が命令すればいいだけです」
己の手を汚さず汚いことは全部従者に任せる。年季の入った権力者であれば躊躇なくできる輩も多いが、テオはまだまだ若造である。それを決断するのは少し難しかった。
「うーん、でもそれはちょっとねえ」
自分の手を汚さず、自身の安全のためにうら若き女性に人を殺す決断をしてもらう。テオの中の男の子スイッチがいやだいやだと叫んでいた。
「でも自分だけじゃなくて町の人間の命も関わっているし、僕はどうしたらいいんだろうか」
そこから人としての論理だとか、人道とかいうくだらねえことをぶつぶつ言いはじめたテオにイラっとしてきたサイレントではあるが、そこである事に気が付いた。
「テオ様」
「でも、人の命を奪うなんて僕には!!」
「テオ様、そろそろ現実に戻ってきてください」
「なになに、どうしたの?」
「もう殆ど死んでいます」
テオが決断するまで土の中にいてもらった傭兵達は、ほとんど死んでいた。当たり前である。
「あれ? 安全な場所にいるとかじゃないの?」
「迷宮を作っている最中でしたので安全な場所なんてものは迷宮の中に安全を確保した部屋を作るか、土の中くらいしかありませんよ」
「という事はつまり」
「テオ様は消極的ながら、人の尊厳を残したまま彼らを殺す事を選んだという事ですね」
自身が大量殺戮犯になったことに今更ながらテオは気が付いた。
「いやいやいや僕知らなかったし」
「知っているかどうかは些細な事かと思います。大事なことは自分で選んだという事実ですから」
「選んでない、選んでない」
「素晴らしい殺意でございました、このサイレント感服いたしました」
そのまま既成事実としてサイレントがごり押してくる。
「一人二人ならともかく百人ですからね。三桁近い人間を己の意思で殺したとなれば、もうこれはチュートリアルも何もありません。テオ様は立派なダンジョンマスターでございます。では次はダンジョンにおける周囲の環境への影響についてまいりましょう。次は作物にいかに影響を与えてその土地を支配するかに移ります」
「まってまって僕は殺してない、仮に死んだとしてもそれは僕のせいじゃなくて――」
「テオ様のせいじゃなくて、誰のせいです?」
サイレントのせいだと言おうとしてぐっとこらえた。そこは言えない、それはテオの男の子の部分がどうしても口にさせなかった。
「全て僕のせいです……」
「はい、その通りでございます」
なんてことだ、自分のせいで街で略奪の限りを尽くそうとしていた傭兵百人が無惨にも死んでしまった。自身の親や友人知り合い全てを殺戮の限りを尽くして皆殺しにしようとしていた傭兵達をだ。
本当に後悔も懺悔も全く何一つ出て来やしねえことが、更にテオを悩ませる。
「そういうわけで、テオ様が人の皮をまた一つ脱いだところで次に、おや?」
サイレントがまたまた引っかかるようなことを言った。次は何なんだよとテオが身構えていると、さらりと彼女は言った。
「傭兵達のボスがまだ生きていますね」




