第十一話 侵略者
テオの住んでいる街にはどんな価値があるだろうか?
価値ある生産物? 交易路としての重要拠点? 隣国との折衝地帯? どれも違う。
一言で言えば、ここはただの辺境の街だ。
しかし、この地方において人が活動するための拠点という意味では非常に重要な場所でもある。遠出をする旅人や商人の休憩地点であり、辺境の調査をする兵隊達の補給場所にもなるし、近隣の村からの集積所の役割にもなっていた。
田舎であるが、田舎だからこそある程度整った人里というのは貴重なのだ。その場所に統治者である人間がいないと言うのはいささかまずい。どれくらいまずいかというと、正式な領主が来るまでに有象無象が湧いてくる程にはまずかった。
領主がいなくなったことはあれからすぐに街中に知れ渡った。当たり前であるが、領主がいない事なんてのはそう長く隠せるものではない。問題は、それが近隣に広がったことだ。権力の空白地帯となったこの土地は、急速に治安が悪化していった。そして、テオの宿屋にもある変化が起きていた……
「どうして……なぜ……」
日課である朝の体操を終えて一階まで下りたテオの目に、サイレントが一階の食堂で働いている姿が入ってきた。
サイレントの仕事ぶりはもう完璧。掃除を終えた後なのか、テーブルや床は新品みたいに光り輝いており、床の隅まで埃一つない有様である。
今もテーブル一つ一つに調味料や、各ナプキン等を配備しているのだが、その動きときたら流麗としか言えず、テオも思わず見惚れてしまっていたくらいである。
「サイレントちゃんありがとう、じゃあ次は料理の手伝いもしてきて」
「わかりました」
テオの母親にそう言われると、サイレントはさっさと調理場へと行ってしまった。
「彼女は一体……」
「ああ言ってなかったね。うちで新しく雇うことにしたサイレントちゃんだよ、人手がちょうど足りなかったし仕事もできるしで、こっちとしては大助かりだよ」
鯉のように口をぱくぱくさせているテオを脇に置いて、更にテオの母親は話し続ける。
「何でも、サイレントちゃんは新しく街に引っ越してきたけど仕事がなくて困っているらしくてね、それならうちで働いてみたらってことで雇ったのよ。前の職場ではセクハラがひどくて大変だったみたいで。何でも、年下の雇い主が性的な目を常に自分に向けてきて夜も眠れなかったとか。テオもサイレントちゃんが可愛いからって邪な気を出したら承知しないよ!!」
経営者としても親としても子供に厳しく接する立派な態度だが、テオの方は気にも留めていない。
「浸食されている……」
自身の日常生活にじわじわと食い込んでくるサイレントに、テオは恐ろしさを感じ始めていた。
「なんでうちで働いてるの!!!」
昼の休憩がてら、宿屋の裏口にてテオとサイレントが会話していた。
「テオ様のお母さまがお話した通りの理由ですが?」
「母さんに話した話は嘘だよね!!」
「嘘です」
あっさりと認めた。大体、ダンジョンを運営管理しているサイレントに現代社会で働く意味などまるでないからだ。
「まあ落ち着いてください、これには実は深い意味があります」
「どういう意味なのか、聞くだけは聞いてあげるよ」
「まず、テオのお母様に話した年下の雇い主というのは暗にテオ様を指していまして、性的な目を向けてきているという部分も完全な嘘かと言いますと少し違います」
「そこについては触れないで欲しい」
心当たりが全くないわけでもないが、そこは年頃の青少年なので難しかった。視線を隠すなどという中高年の男性が長い年月をかけて習得するスキルを若年のテオに求めるのは酷である。
「次の理由としては、テオ様を守る為であります」
やっとそれらしい理由が出てきた。つまり護衛として近くにいたいという事だ。
「現状、ゴブリンに一発殴られただけで死にそうなテオ様を放置してダンジョンにかかりきりになるなどとてもとても、テオ様が虚弱すぎて心がはちきれそうです」
「ごめんね弱すぎて、そんな弱い僕の事なんて気にしなくていいから早く実家に帰った方が良いよ」
「私の実家はテオ様のいる場所と決めております」
その言葉にテオも涙が出そうになってきた。つまりこの女、絶対にテオから離れるつもりがないのである。
母に気にいられているので、辞めさせることはできない。むしろ仕事ぶりで言えば自分よりできる。先輩風吹かせばテオの方が両親から制裁を受けるのは間違いない。
「それと住み込みですので、二十四時間テオ様を護衛することができます」
「そうなんだ、それはありがとう!!」
しかも四六時中一緒にいると来た。日常生活を送りたいだけのテオの人生設計が、また崩れ始めてきた。悩みの種が一つ増えたことでテオの精神力が削れていると、サイレントが少し口を出してきた。
「まあ聞いてくださいテオ様。私の力は必要になると思いますよ。例えば――」
サイレントの右手が一瞬ぶれると、テオの顔のすぐ横に移動していた。その手にはいつの間にか酒瓶が握られており、それはテオの頭のすぐ横にある。
「なんだとてめえ!!!」
宿屋の裏口からすぐ出た通りで、二人の男が喧嘩をしていた。二人共ガラの悪い男で、そのうちの一人が酒瓶をこちらに投げてきていた。別にテオを狙ったわけではなく、興奮して適当に投げた先にテオがいたのだ。
「このように、テオ様を守ることができます」
「え、う、うん。とりあえず守ってくれてありがとう」
「はい、どういたしまして」
そうサイレントが言うと、手に持った酒瓶をその言い合いをしている男二人に軽く投げつけた。器用な物で、酒瓶は一人の頭に当たると、ピンボールのように跳ねてもう一人の頭にもぶつかった。言い合いをしていた二人は、当たり所が良かったのか、そのまま地面に倒れて気絶してしまう。
「みねうちでございます」
「クリティカルじゃないの?」
「後遺症が出ないように投げましたので、みねうちです」
痛みはともかく、そこらへんは上手くサイレントがやっていた。
「やろうと思えば、とどめまで行けますがどうしますか」
「そこまではやらなくていいけど、随分とガラの悪い人達だったね」
「はい、今のこの街は少し治安が悪くなっております。だからこそこうして私が護衛としてきたのです」
倒れた男二人を、何人かの人間達が身ぐるみを剥いでいた。財布から服まで根こそぎと言った感じで火事場泥棒をしていたが、騒ぎを聞きつけた自警団が現れると、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
その光景を見ていたテオは背筋が寒くなってきた。
「あんな人達、うちの街にはいなかったよね……」
「はい、彼らはこの街の周囲にある農村地帯の若者たちです。それもガラの悪いタイプの」
なぜそんな奴らがここにいるのかテオも聞きたくはないのだが、見てしまった以上は聞かないという選択肢もない。なので意を決して聞いてみた。
「なんでそんな愚連隊みたいな輩がうろついてんの?」
「根本の原因はこの地の領主がいなくなった事ですが、他に大きな理由としてはここが王都からの目が届かない場所で、法から外れた者達が小さな支配地を築く上では適正だからではないでしょうか」
テオがしばし考える。サイレントの言った意味をよーく吟味する。吟味して吟味して、その言葉の意味を完全に理解できた。
「もしかして、今この街は無法地帯って事!!」
「正しく言えば、そうなり始めている段階でございます」
遠くでまた騒ぎの声が聞こえてきた。自警団がそれに向かって慌ただしく動く声も聞こえてきて、いつの間にか喧騒は先ほどよりも大きくなってきていた。
「元々は領主に仕える兵隊と自警団で維持していた土地です。兵士たちがいなくなってしまった分だけ治安が悪くなりますし、更には土地の支配者である領主がいなくなったとなると、良からぬ考えの人間達も出てくるわけです」
いつの間にか自分達がならず者達に包囲され始めていると知ってテオに焦りの色が出てきた。
「この話も含めて一度テオ様にはきちんと説明した方が良いかもしれません。一度、中に戻って話しませんか。ちょうど休憩時間ですし」
「そうだね、お願いするよ」
そういうと二人は宿屋の中へと戻っていった。




