20 儀式について
「公主さま、ああ公主さま。ご立派に成長なされて……」
「えっ……?」
室内に入ってまもなく、それまで冷静に応対していた翁が急に感情を高ぶらせて涙を浮かべたので私は慌てた。
「逃げのびていらっしゃると信じながら、しかし消息がわからない日々が続いて不安で……そして、ようやくお会いできた。この喜びは言葉に表せません……」
知らないところでこうして私を心配してくれていた人がいた。
その事実を今更ながら痛感して、胸がじんと温かくなる。
「ありがとう。私も嬉しいわ……」
私も声に詰まってしまう。
室内は沈黙に包まれたけれど、それは居心地の悪いものではなくて、むしろいつまでも浸っていたいくらいに優しい時間だった。
殿下はそんな私たちを穏やかな瞳で見つめ、そして互いに幾分落ち着いたところを見計らって「では早速だが話に入ろうか」と場の空気を切り替えた。
殿下は天を御しきれていない実情と、それを解決する鍵が王族と一族の儀式にあるのではないかという話を極めて率直に語った。
「なるほど、確かに我々は似た儀式をしてきたのですね。……あの、一つお伺いしてもよろしいですか? 一族にはとある言い伝えがございます――『新年始めの一日には、四天山に赴いて天に祈りを捧げよ』と。王族の方々にはそういう類のものはありませんか?」
四天山とは、王国の東西南北に位置するひときわ高い四つの山の総称である。
ちなみに、その中の南方の山が一族の里がある山だ。
翁の言葉を受けて、殿下は目を瞠った。
「……ある。『新年始めの一日には、国の中央に立ちて天に祈りを捧げよ。さすれば天は平らかなり』と。国の中央にあるのは王宮だから、我々は王宮の屋上で天に祈りを捧げてきた。では、我々は同じ日に同じような儀式をしてきたのだな」
「『さすれば天は平らかなり』――なるほど、私たちのあれも天を御するための儀式だったのでしょう。我々はただ伝統に従っているばかりで、理由を知ることもなくやっていましたが。……とにかく、一族では言い伝えに従って、元日に人員を分けて四つの山の頂で儀式を行っていました――ただし、十年前まで、ですが。あれからは自分たちが生き延びることに精一杯で、儀式まで手が回らなかったのです」
「十年前……実は、天が御しきれていないと思われ始めたのはその頃からだったと陛下から伺っている。つまり、四天山と王宮で、同日に、同様の儀式をする。それが途切れたために問題が生じている可能性がある、ということか」
「その可能性は、高いかと」
殿下の推論に、翁は重々しく頷いた。
一つの結論が見えて、私は少し安堵した。
方向性が見えたなら、あとはそれを実行するのみだ。
私は単純にそう思ってしまったのだが、殿下はそれ以上のことを提案してきた。
「ならば、やろう。どうせなら大々的に、王国の民も一族の人々も巻き込んで、祭りのようにしよう。一族の幻術の力が国の安寧を――『天災がない国』という他国にはない我々の優位性を守る基盤になると知らしめれば、幻術を恐れる王国民の心を動かせるかもしれない。王国と一族の真の友誼のために、これは大きな好機に使える」
殿下が打ち出した計画は、かなり大掛かりなものだった。
儀式をすることと儀式の意義を民に広く喧伝し、その日を祭りに仕立て上げる。
最近の王国はどこでも総じて天候が芳しくない。
衆目の前で暗雲が消えて光が差し込みでもすれば、その熱狂はいかばかりか。
そうなれば一族を見る目はきっと変わる。少なくとも、悪感情を減らす効果は狙えるだろう。
「一族の者としても、それは意義深いですね。分かりました。一族としてこのお話、お受けしましょう」
翁と殿下は握手を交わし、そして計画は動き出した。




