19 一族の翁
そうして、私たちは少数精鋭の護衛とともに一族の里までやってきた。
里までは、馬を駆って三時間ほど。
本当はずっと時間がかかるのだが、ヴィルが風属性の幻術を駆使して超高速で進めるように取り計らってくれた。
「もともとは山の麓のこのあたりが里だったのですが、十年前に荒れ果ててからは誰もおりません〜。前に妃殿下にお話した通り、新しい里はここを見下ろす山の中腹に作られました〜。では、この先は山道に入ります。馬だと厳しい道のりなので、降りて歩いて参りましょうか〜」
かつての里。先祖が、母が、そして幼かった私が生きた場所。
今は往時の面影はなく、ただ壊れた建物や生活道具などがちらほらと見えるばかりである。
その光景を目に焼き付けるようにじっと眺めながら、私は歩を進めた。
「突然行って、里の人々は大丈夫なの?」
「幻術で先触れは出したので、一族の者はわたくしたちの来訪がわかっているはずですよ〜」
里への訪問を決めてから出発まで、さほど時間はなかった。
しかし、ヴィルは抜かりなく連絡してくれていたらしい。
それを聞いてちょっと安心する気持ちと、しかし歓迎してもらえるものだろうかと案ずる気持ちと、様々な感情がもつれ合って私の心は落ち着かなかった。
「もうすぐ到着です〜」
そうヴィルが言ったのは、山道に入ってから三本くらい小川を越えた先でのことだった。
木々が生い茂って先が見通しにくかったのが、その瞬間急に開ける。
山の斜面の中にありながら、このあたりは部分的に比較的平らな土地が広がっているようだ。
そこにあったのは、小さいながらも紛れもなく集落と呼ぶべきもの。
「こんな山中に、本当に里があったのね」
思わずそう呟いてしまった私に、ヴィルは「里を作れたのは幻術のおかげですね〜」と説明してくれた。
「家や大きな道具を作るにも、日常生活を送るにも、こんなところでは人力だけではとてもまかなえないですから〜。水が必要ならば、出せばいい。炎が使いたければ、出せばいい。土に作物を早く育つようにしてもらって、十分な食料を確保する。風で木を切り倒し、運搬し、加工し、家を作る。そんなふうにできていなかったら、さぞやきつかったでしょうね〜」
ちょっと遠い目をしてそんなことを言われれば、確かにその通りだと納得する。
人知を超えた大きな力があればこそ、外界から隔絶されたこの地で彼らは生きているのだろう。
とその時、どこからか笛の音が聞こえてきた。
「ああ、わたくしたちに気付いたようですね〜。これは見張りが鳴らす笛の音で、仲間が帰還したことを皆に知らせる音色なのですよ〜。ほら、人々が出てきました」
ヴィルの指差す先を見れば、老若男女が集まって私たちを出迎えている。
その中央に立つ一人の翁が、代表して挨拶を述べた。
「王太子殿下、我らの里にようこそおいでくださいました。リラさま、里へご帰還叶う日をを心よりお待ち申し上げておりました。随行の皆さまも歓迎いたします。私は族長不在の現在、最年長ということで一族のまとめ役を担っているマーカス・シュルツと申します。翁とお呼びくだされば結構です。以後どうぞお見知りおきを」
白髪の風貌は年を感じさせたが、しかし背筋はしゃんと伸びて矍鑠としている。
深く響く声は、一族の上に立つものとしての威厳を確実に感じさせる。
「歓迎に感謝する。我らは里に迫る嵐のことが気になったので、突然ではあるが訪問させてもらったのだ」
「嵐のこと、ですか。……不躾とは存じますが、殿下に一言申し上げます。こちらへの配慮か殿下はどこか慎重な物言いをなさっているように思われますが、こちらは何も隠し立てするつもりはありませんのでお聞きになりたいことはお聞きくださって大丈夫です。族長がその命をかけて果たされた和議ですから、王国とは手を取り合ってやっていくつもりでおります」
「失礼した。では、話を聞かせてほしい」
「承知いたしました。では立ち話というわけにも参りませんから、こちらへどうぞ」
翁に導かれて、私たちは彼の家へと足を踏み入れた。




