16 負傷兵たちのもとへ
「負傷兵多数、だと?」
「はい。国王陛下はすぐに医師団を派遣するとお決めになったようで、詰めの話し合いのために殿下をお呼びであるとのことです」
「分かった。すぐに行く」
ヴィルの報告を聞いた殿下は、すぐに屋上から立ち去ろうとする。
そんな殿下の服の袖を、私はくんと引いた――前にもこんな場面があったな、と回想しつつ。
「どうした?」
「兵たちの治療に、私も関わらせていただけませんか? 私の能力は、治癒の力です。きっとお役に立てると思います」
幻術の中でも光属性は族長の家系にしか発現しない。
今では、私だけ。私にしかできないことなのだ。
だが決して安全とは言えないところだぞ、と渋い顔をする殿下に、私は畳み掛ける。
「殿下も御自ら医師団を率いて行って状況をその目で確かめるおつもりなのではありませんか? ならば、ともに行かせてください。危ないことはしないとお約束しますから」
一歩も引かない決意を込めて、私は殿下をまっすぐに見つめて言い切った。
殿下はたっぷりと間をとって考え、ようやく「分かった」と呟いた。
「確かに、どれだけ深手の者がいるとも分からない現状、その治癒の力があるに越したことはないな。だが、危ないことはしないということは、くれぐれも心に留めておいてくれ」
「承知いたしました。ありがとうございます、殿下」
そして数日後、私は一路被災地に向かった。
クララ姉弟とヴィルも護衛として同行している。
殿下が率いる医師団は精鋭ぞろいであり、彼らの手に負える範囲である限り私は手出ししないことを殿下と取り決めた。
出来れば、私の出る幕がなければ良いなと思う。
雨のせいで道が悪くなっていて、現地への到着は予定していたよりも遅れてしまった。
出迎えてくれた地元の官は、「時間が惜しい」という殿下の意向を受けて、状況報告をしながら私たちを兵たちの元へと連れて行ってくれた。
官の説明によると、負傷した兵たちは、今は地元の医療者に預けられているという。
しかし、もともと医療設備が整っていない田舎地域であり、また医療者の数も十分ではない。
地元住民だって医療を求めているわけで、そこにさらに怪我人が押し寄せたとあってはとても手が回らない。
結果、医療は崩壊寸前のところをかろうじて持ちこたえているような、危うい状況になっているそうだ。
「ですから、医師団が来てくださって助かりました。……実は、土砂崩れで負傷したのは兵たちだけではないのです。地元住民も、何人も巻き込まれました。優秀な医師の皆さまには、出来れば彼らも診ていただけるとありがたく思います」
「分かった。そのように取り計らおう」
殿下は即座に応じた。
そうしているうちに、負傷した兵たちがいるという医療院に着いた。
院内に入り切らないということで、拡張するために臨時の天幕もはられている。
「こちらです」と官に導かれて入ったその中は……まるで戦場のようだった。
室内に満ちる患者たちの苦悶の呻き。医療者たちは忙しく動き回り、患者に必死に呼びかけている。
「縫合や薬の処方などはしてもらっていますし、出来る範囲で医療者たちはとても頑張ってくれているのですが……とりわけ怪我が重い者が何人かおりまして、彼らは今晩を越せないのではないかと言われました……」
沈痛な表情で、官はそう述べた。
次いで診させた医師団も、同様の見立てをした。
少し今後の動きを考えたいとその場を辞した殿下とともに、この地にいる間の宿として用意された家に私は足を踏み入れた。
「殿下、私の力を使うべきかと思います。多人数を一気に完全回復させることは難しいので、まずは全員今晩を乗り切れる程度に回復させるようにすることを目標にします。そして、その後数日医療者たちの治療と並行して治癒の力を使っていけば、早期に復調させることができるでしょう」
これが、私の導き出した結論。
現状と自分の能力の限界を見極めて、折り合いをつけた結果だ。
殿下も頷いて、「そうだな」と応じてくれた。
「それに、リラの力がたとえ全員を完全回復させるほどにあったとしても、一人でやらず医師団と共同で取り掛かる方が都合が良いだろう。リラの治癒の力は女神の御力、人知を超えた強大な力だ。それで一気に回復して医師の出る幕がなくなっては、彼らの矜持を傷つけることにもなり得る。王国と一族の友誼を目指して幻術が危険なものでないことを見せていこうとしているのに、その幻術のために不和の種を蒔いてしまっては本末転倒だ。足りない部分を補完しあえる関係――それが一番均衡の取れた、好ましい関係性であるだろう」
一族の人間は幻術頼りなので、一族の里は医療が発達していない。
怪我をしたら族長のところへ行く。そうしたら幻術で治してもらえる。
それで十分事足りていたのだ。
光属性持ちは、族長あるいはその血族というほんの一握りに限られる。
一族程度の人数が相手ならば、そんな少数の人間でも対応してこられた。
しかし、それが王国の民という多人数を相手とするならば、それではまかなえない。
確かに幻術はすごい効力を発揮するけれど、それに頼りきりになられては困るのだ。
医師の医療技術はちゃんとあって、その上に幻術という選択肢がある状態。それが望ましい。
今回は、まさにその第一歩のようなものだ。
よし、方針は決まった。あとは行動あるのみ。
こうして私は、治療のためにもう一度医療院の兵たちのもとへと戻ったのだった。




