14 儀式をする者
「王国南部で、大雨による被害が出ている」
そんな知らせが王宮に届いたのは、私が妃になって早二ヶ月という頃であった。
早急に救援と調査のために兵が組織され、被災地に向けて旅立っていく。
王族に連なる者として、私は殿下とともに彼らの見送りの場に立った。
どうか無事に任務を遂行できますようにと、去りゆく背中に祈りを込めて。
殿下は毎日お忙しそうで、近頃はお会いすることも難しくなっている。
遠目にちらりと見た御姿は顔色が悪そうで、このままでは殿下にも障りが出てくるのではないかと心配になる。
だからといって、私に何が出来るわけでもない。
無力さを抱え、私は私室のソファに背中を預ける形で脱力して座った。
思わず「はぁ」と息を吐き出した私を見かねたのだろう、ヴィルがいつも通りの軽い調子で声をかけてきた。
「殿下のことをお考えですか? ちょっとこっそり偵察に参りましたところ、連日王宮の屋上で儀式めいたことをなさっておられましたよ〜」
そうだろうな、と思う。
前に見せてもらったあの光を放つ石版は、きっとその儀式に使うものであっただろう。
そう漠然と思い起こしていると、続いて彼は驚くべきことを言い放った。
「見た感じ、一族の祭りでやる儀式と似ているみたいでしたね〜」
「えっ? 一族でもああいうことをしていたの?」
「はい〜。各属性で一番の幻術使いと族長が、里を見下ろす丘にある祈りの場でああいう石版を使った儀式をするのです〜。十五歳以上しかその場に入れないので、公主さまがご存じないのも当然ですよ〜」
ああ、言われてみれば大人たちがどこかへ行っていたような気がしなくもないかもしれない。
幼すぎて朧気な記憶しかないけれど。
……いや、今すべきことは自分の無知を嘆くことじゃない。
彼に聞かなくてはならないことがある。
「ねえ、その石版には五色の石がついていた? そして、その石を光らせていた?」
「その通りです〜。石版から放たれた光は、天まで届くほどでしたよ〜。綺麗だったな〜」
身体がぶるりと震える。これは、とても重大なことではないのか。
王族と一族が、同様の儀式を同様の方式で執り行っているだなんて。
そして、殿下の話を思い出す。
現状の王族ではすべての石を光らすことが出来ないのだ、という問題を。
もしかしたら、それは……私たちの――一族の力で克服できるのではないだろうか?
そう思ったら、動き出さずにはいられなかった。
「殿下に今すぐお会いしに行くわ」
やおら立ち上がった私は、クララと護衛たちにそう声をかけた。
「承知いたしました」と一礼した彼らとともに、屋上へと続く道を足早に歩いていく。
誰に聞かずとも、そこにいるはずだ、という確信があったから。
しかし、あそこは然るべき人間しか立ち入りを許されない場所であろう。
……きっと幻術を使って気配を消して行ったであろうヴィルは、数えないことにする。
少し手前でここで待っているようにとクララたちには申し付け、私は一人で屋上へと足を踏み出した。
そこには予想通り、殿下が一人で立っていた。
今にも雨が降り出しそうな薄暗い空を背景にして、白地に女神の御紋の図柄が繊細に刺繍された薄布を羽織っている。
その手には前回見た例の石版があって、それを両手で持ち高々と天に向かって掲げていた。
「宙にまします我らが女神よ、どうか我らに変わらぬ恩寵を与え給え!」
切実さが滲む声で殿下がそう唱えると、石版から空に向けて光が放たれる。
四色の石がきらきらと輝き、その存在を主張していた。
しかし相変わらず、白い石だけは何も変化していなかった。
「……やはり駄目か」
そう力なく呟く殿下の横に静かに近づき、私はそっと石版に手を伸ばした。




