13 専属護衛 / 裏 王太子とリラ
前半はリラ視点、*以下はシエル視点
混沌としてきた状況を打ち破ったのは、殿下の来訪だった。
「何をしているんだ……」と殿下に呆れのこもった声で言われても、ヴィルには特段堪えた様子がない。
天晴なまでの肝の座り方だと、いっそ感心してしまう。
ヴィルが諸々を片付けて居住まいを正し、すっと私の後ろに控えたところで、殿下がふぅと息を吐いた。
「……とにかく、このヴィルをリラの専属護衛とすることにした。もともと早く護衛を選定したいとは思っていたのだが、いかんせん誰が真にリラの味方になってくれる人材であるかを見極めることが難しかった。その点、この男なら裏切ることはあるまい。放っておいても勝手に守ろうとしていたのだからな。ついでにもう一人、クララの弟・ラースも信を置くに足ると判断し、護衛に任じた。じきに来るだろう」
私を殺そうと暴走する人間さえいたのだ、確かに人材の選定は難しかっただろう。
そのため、私の近くには兵を置かず、遠目から守らせるという形にしていたそうだ。
ちなみに、クララには実は武術の心得があるらしい。多少のことなら対処できるだろうという期待も込めて私の侍女につけられていたのだそうで、現状は彼女が暫定的に私の護衛を兼ねている扱いになっているのだとか。
しかし、いつまでもそれではいけない。
どうにかしなければと思っていたところで、殿下は「逸材」を見出した。
性格に癖があろうとも、ヴィルは私を守ってくれる。それは確信できる。
ラースについては、本人の気持ちは知らないが、クララが絶対の忠誠を誓わせると請け負ってくれた。実に頼もしい。
まあ、そこを見越しての選定でもあるだろうと思う。
「ヴィル。現状ではなるべく、不特定多数の人間の前で幻術を使うのは控えてほしいが、真にリラに危険が迫ったときには我が名において許す。遠慮なく行使して構わない。持てる全ての能力を存分に使って、必ずリラを守り抜け」
ひりつくような真剣な眼差しを向ける殿下に、ヴィルもまた真摯に応じた。
「承知いたしました。妃殿下の御身は、わたくしが命をかけてお守りします」
ヴィルが誓いを立てたところで、控えめなノックの音が響いた。
クララが扉の方へ向かい、そして一人の男性を伴って戻ってくる。
それは間違いなく昨日ちらりと見たクララの弟、ラースだった。
「クララの弟、ラースでございます。妃殿下の専属護衛の任を賜りました。本日よりどうぞよろしくお願いいたします。妃殿下におかれましては、よく知らない人間、しかも王国の兵たるわたしがおそばに侍ることにご憂慮なさっているかもしれません。しかし、二心なくお仕えすることをお誓い申し上げます」
ラースは丁寧に礼を取り、そう言ってくれた。
その澄んだ瞳を見れば、(隣で若干弟に圧をかけていると思しきクララの姿を見なくとも)信じようと思える。
「ありがとう。ヴィル、ラース、これからどうぞよろしくね。……そして、殿下。本当にありがとうございました」
にこりと笑って言った私に、殿下は「いや」と少し困ったように言った。
「当然のことで、礼を言われるようなものではない。それに、護衛は本来ならもっと早く選定すべきだったのだ。むしろ遅くなってしまって悪かったと思う」
「いいえ、殿下はただ護衛を選ぶのではなく私のために最善となるように心を尽くしてくださいました。そのお気持ちが嬉しゅうございます。そして、良い護衛を二人も見つけてくださったのですから、これ以上のことはございません」
本心からの言葉であることが伝われば良いと、私は殿下の目をじっと見つめた。
その念が通じたのか、殿下もようやく口元を綻ばせて「そうか」と呟いた。
***
王宮の屋上で王家の秘密の一端を見せた、あの日。
リラから「綺麗すぎて人間味がない」と言われた俺は、らしくもなく呆然としてしまった。
そして、こう思ってしまったのだ――俺を一人の人間として、ただの男として、見てはくれないだろうかと。
あれは、ほんのちょっとした悪戯心だった。
経験則から自分の容姿がある程度武器になることを把握していた俺は、それがリラに通じるのかを不意に試してみたくなった。
なにせ俺の瞳の力が通じない相手だ。他に彼女に対して使える手段があるなら、それを把握しておくに越したことはないと思った。
彼女が他のことに気を取られているらしき隙をついて、ぐいっと顔を近づけてみる。
普通なら顔を紅潮させるなり恥ずかしさに顔を逸らすなりするだろう。さて、彼女はどうするだろうか。
興味深く様子を伺っていると……そのいずれでもなかった。
彼女は顔の近さに驚きこそすれ、顔色一つ変えずに冒頭の台詞を言い放ったのである。
冷静な自分は、別に気にするようなことではないと嗤う。
もともと、この婚姻は好き合ってのものではない。
目的のため――王国と一族の真の友誼のために、両者の合意のもとで結んだ政略的な婚姻だ。
そこにあったのは王国と一族の未来を背負う者としての矜持であり、個人的な好悪の感情は二の次。こちらが一族嫡女たる彼女の存在価値を見ていたように彼女も王国王太子たる俺の存在価値を見ていただろうし、それで構わないはずだった。
しかし今、心のどこかで、それでは満足できないと声をあげる道理を知らない子どものような自分がいることに気付いてしまった。
俺は、一体何を期待しているのだろう?
自嘲とともにと心を切り替えて、その場は平然を取り繕って切り抜けた。
……そんなことを思い出している俺は今、リラに専属護衛をつけたことを説明したところだ。
リラの護衛を誰に任せるかという問題は、ずっと悩んでいたことだった。
考えて考えて、敏感になっていたからこそ、ヴィルという男を発見できたのだろう。
彼女のそばに常人に悟らせないレベルの薄さながら確実に「気配」があることに、俺は気付いたのだ。
リラの母が幻術を駆使して身を隠し国王の寝首を掻きに来たという話が頭に残っていたから、人間離れした気配の薄さを実現するこの男も幻術使い――一族の生き残りであろうと思い至った。
リラを密かに守っていたのか。ならば、裏切ることはあるまい。この男こそ適任ではないか。
そうしてヴィルを専属護衛に付け、ついでに侍女クララの弟も(クララがいれば裏切らせはしないだろうと判断し)同じく専属護衛に任じた。
リラは、俺に礼を言ってくれた。
心を尽くし、信頼できる者を選んでくれたことが嬉しいと。
その瞬間、俺はなんだか笑いたくなった。
ああそうか。
むしろ彼女こそ、誰より俺という人間を見てくれている。
一人の人間としての俺と接してくれている。
王太子という立場にいると、そんなことはやって当然、できて当然だと思われてしまうようなことも多い。
今回のことだって、妃である自分の護衛の選定など当然のことと受け流すこともできる。
しかし、俺がリラのために心を配ったことを理解し、受容し、素直に感謝してくれる。
立場に縛られず、ただの人と人として相対し、真っ直ぐな感情を見せてくれる。
「綺麗すぎて人間味がない」というのも、遠慮なく思ったままにものを言ってくれているということじゃないか。
そんな感覚がすとんと心の中に落ちてきて、俺は愉快な気持ちになった。




