12 一族の生き残り
『公主』――それは、一族族長の娘に与えられる敬称として広く知られている言葉だ。
ただし、それは一族の中でのこと。王国でそれを知る者を私はまだ見たことがない。
つまり、この謎のメモと声の主は、よほど一族のことに詳しい王国民であるか、あるいは――我が一族の者であるか。
この二者択一と言って良いだろうが、さてどちらであろうか。
……そんなふうに真面目に悩んでいた私の貴重な一晩を、返して欲しい。
その人物は、翌朝あっさりと私の前に姿を現したのだった。
「いや〜、あの王太子殿下は切れ者ですねぇ。立妃からこのかた、こっちも幻術を駆使してこっそりと公主さま、いえ妃殿下のご様子を伺っていたというのに、こうまであっさりと見つかってしまうと自信をなくしますよ〜。
ああ、こそこそやるくらいなら正式に護衛として働けと殿下に命を受けましたので、今日からわたくしが妃殿下の専属護衛としておそば近くにお仕えすることになりました〜」
この軽そうな喋り方をする男の名は、ヴィル・フラーシュ。
紛うことなき、一族の人間。
優れた風属性の幻術使いを代々輩出してきたフラーシュ家では、唯一の生き残りであるという。
あの戦乱の中、死んだ人間も多かったけれど辛うじて生き延びた人々も当然いた。
彼らも里を出ざるを得なくて、一度は散り散りになった。
しかし、落ち着いた頃を見計らって数十人程度が集まり、里を見下ろす山の中腹に新しく集落を作ったそうだ。
ヴィルもそこに参加していた一人だったという。
とはいえ、王国の動きも、どこかで生きているはずの一族の仲間のことも、山の中にいては情報が十分に得られない。
特に、逃げのびたはずの私――一族の精神的支柱たる族長一家の、ただ一人の生き残り――が所在不明であるということは、かなり由々しき問題だった。
そこで、彼が代表して情報収集に出かけることになった。
とりあえず所在がわからない私よりも王国の現状を知ることを優先した彼は、なるべく国の中枢に近いところに手っ取り早く身を置ける方法を探り、兵として王宮に上がることにした。
その任務は恙無く遂行され、では次に私を探そうとしたところで――私の方から王宮にやってきた、と。
私が王太子妃になったことを知った彼は、幻術を駆使して身を隠し、陰ながら私を守ってくれていたらしい。
嫌々妃にされたようであれば意地でも連れ出してしまおうと思いましたけど、そうではなさそうなので様子見をしておりました〜というのが彼の言である。
「あああ、妃殿下のお部屋で何をなさいますか!!」
「何って、氷を破砕しているだけですよ〜」
……私が真面目に思案している向こうで、クララがヴィルを凄い形相で見ている。
ヴィルはなぜか風属性の幻術を器用に操って、(どこからか取り出した)氷を粉雪のように砕き、深めの容器に盛り付けている。
「わたくし、水属性の幻術も使えるのですけれど、少々問題がありまして。普通の人は、透明の水をどば〜って出しますよね? わたくしの場合は、色水がちょろちょろって出てくるだけなのですよ。使えないな〜って散々言われてきましたし自分でもそう思っていたのですが、ある時発見しました。この水、実は甘いんです。しかも、雪のように砕いた氷にかけて食べるととても美味しいのです〜」
言いながら、ヴィルは容器に盛り付けた氷の上に赤っぽい色水をかけて、口にかきこんでいた。
冷たい〜とか頭がキンとしますね〜とか呟きながら、あっという間に完食している。
そのさまを唖然とした表情で見ているクララに同情していると、再び彼女の悲鳴じみた声が響いた。
「今度は何ですか!!」
「何って、肉を焼いています〜。よかったら、どうぞ?」
見れば、左手に(どこからか取り出した)肉を刺した串を持ち、右手で火属性の幻術を発動している。
やっていることはあれだが、彼が多属性を自在に操る優秀な幻術使いであることはよく分かった。
「匂いが!! こもります!!」
「ああ、換気ですね。風属性の幻術を使えば簡単ですよ〜」
……本当に、無駄なほどに優秀なようだ。
「公主さま、肉の匂いのする部屋は族長の証みたいなものですよ〜。何しろ、伝統的に月一回は族長のお屋敷で『肉と野菜をみんなで焼いて食べまくる宴』が開かれておりましたから〜。土属性の使い手が作った土台に枝とか葉っぱとかを投げ入れて、上に網を置いて、族長が火属性で着火して、風属性の使い手がそれをさらに燃えあがらせて、それで皆が持ち寄った食材を焼くんです〜。楽しかったですよ〜」
にこにことそんなことを言われたら、駄目だとは言いにくいじゃないか。
クララの無言の圧に負けて換気用の風を指にまとわせ始めたヴィルを、私は半目で見つめた。




