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11 王国兵団への訪問

初めての視察から戻って、早十日ほど。

異常天候という事態に直面して何かが変わるかと言えば……全く変わらなかった。少なくとも、私は。

きっと殿下は何か動いているのだろうけれど。


それはそうだ、と一人で納得する。

別に私に何が出来るわけでもないのだから、むしろ平常通りの生活を送ることこそが一番だろう。

もしも殿下や陛下から話があれば、それに応じれば良い。


……ということで私は今日、王国兵団の鍛錬場を訪問してみることにした。

公的なものではなく、極めて私的な――侍女クララが届け物に行くのに便乗するという形で。

クララは弟が兵団に所属しているということなのだが、彼は結構ずぼらな性格でちゃんとやっているかクララの心配は尽きないらしい。

そんなわけで同じ王宮内に仕事場がある者同士、偵察がてら時折食料や衣類などを差し入れにいくそうだ。


「妃殿下、本当に大丈夫なのですか?」


「もちろんよ。他ならぬ彼ら(兵たち)が、私たち王族を守り支えてくれる存在なのだから」


心配そうなクララに、私は笑顔でそう答える。

言いたいことは十分に分かる――あの日私を断頭台にかけようと暴走したのもまた、兵だった。

その事実を理解しているからこそ、クララは私の心を慮ってくれるのだ。

確かに恐怖心がないとはいえないけれど、それでも。


「あの人たちが兵の全てではないし、当事者には相応の罰が下されたと聞いたわ。ならばいつまでも避けて通ることは出来ない。それに、今日は別に兵たちに相対するのではなくて、ちょっと様子を伺いに行くだけよ」


「そうですね、失礼いたしました」


クララは手に抱えた包みを持ち直し、軽く一礼した。

そう、今日は少しこっそりと見に行くだけ。よほどのことがない限り彼らの前に姿を表す気はない。

クララもそんな私の考えは分かってくれている。

それからは場の空気を変えるように弟がいかにずぼらなのかを面白おかしく話してくれて、そのうちに目的地に到着した。


「あそこにいるのが弟でございます」


「なかなかの美形じゃないの! ああ、気にしないで届けてきて良いわよ。私は表に出る気はないから、ここにいるわ」


「では、なるべく早く戻りますので」


弟だと指さされた人物は細身で優男っぽく見えるが、がっちりとした体格の見るからに屈強な兵と互角に打ち合っているのだから相当な手練であるのだろう。

彼を含め鍛錬場にはたくさんの兵がひしめき、「カン、カン」という鋭い剣戟の音や「わあ、うおお」という大きなかけ声が響いている。


そんな光景を遠くに見ながら、私はクララを送り出した。

ここは見学者用に隅の方に設えられたスペースの一つで、柱の陰という位置。

安全性と目立たなさという観点ではこれ以上ないポジションだと思う。


さて、自分の状況を確認してみよう。

身体が震えることもない。脈が狂うこともない。

遠目とはいえ、平常心で兵たちを見ることが出来る。

これならば、とりあえずは及第点ではないだろうか。


うんうんと一人で頷いていたのだが――


「……?!」


不意にどこからか「見られている」という感覚に襲われて、背筋がぞくりと粟立つ。

……どこから、誰が、何のために?

慌ててはいけないと戒め、慎重に視線をめぐらしてみる。

クララかと思ったけれど、彼女はまだ弟と話している。

他の兵たちもこちらには気付いていないようだ。


気のせいだったのかしら、と思った瞬間、足元に一枚の紙が落ちてきた。

恐る恐る拾い上げ、折り目をゆっくりと広げていく。

そこには流麗な筆跡で、ただ一言こう記されていた。


「我々の希望たる貴女がご無事で、本当によろしゅうございました――公主さま」


『公主さま』。

その文字が目に入った瞬間、私のそばをふわりと風が駆け抜けた。

私の周りには、確かに誰もいなかった。

しかし間違いなく風にのって、腰に響くような低音で『公主さま』と呟く声が耳朶を打ったのだ。

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