10 王国に迫る異変
神殿の視察はつつがなく済み、私たちは引き続いて田畑の様子を見に行くこととなった。
なんでもこれは時々使う視察コースらしく、各領の中心に建っている神殿から各領の周縁に位置する田畑へと向かうことで、両者の中間にある家屋・商店、あるいはそこに住まう人々の様子も伺い知れるのだそうだ。
行くと言っては取り繕われてしまうかもしれない、なるべくありのままの様子が見たいのだ、というのが殿下の言である。
「よそのことを知らないので比較はできませんが、こちらはかなり栄えているのですね」
田畑に向かう馬車の中で、私は殿下にそう話を向ける。
窓の外をこっそりと伺うと、ちょうど街の中央市場の近くを通ったところだろうか。
人々の喧騒は車内にまで届くほどで、その活気と熱気がここまで伝わってくるようであった。
「ああ、この街は山の幸も海の幸も、そして農産物や畜産物も、とにかく様々なものが集まってくる中継基地なんだ。各地のものがここに運ばれてくるし、ここを介して各地にものが運ばれていく。……だからこそ、自分の目で見て現状を確認したかったんだ。概ね、平常通りには見えるが……」
「左様でございますか」
私はただその一言のみを言うにとどめた。
なんとなく、殿下の言葉には私には計り知れない意味が含まれているようにも思ったけれど、何も知らされてはいないのだから突っ込むべきことではないのだろう。
必要があれば、きっとお話してくださる。
到着したのは、小さな村だった。各家が広大な田畑を所有し、農業に従事しているという。
殿下は過去にも来たことがあるようで、村長と親しげに挨拶を交わしていた。
そして殿下の意向で随行の人間を村長宅周辺に残し、村長と殿下と私の三人で田畑を見ることになった。
ちなみに領主も、村長の妻がもてなすという形で(領主本人にそうと悟らせず)上手いこと置いていっていた。
「今年の実りはどうだろうか? 余計な人間は置いてきたから、率直に教えてもらえると助かる」
「そうでございますね……。悪くはない、といったところでしょうか。ここのところ、日照不足で雨量が多い傾向にありましたから。今年はとりあえずなんとか凌げたと思いますが、これがこの先も続くのであれば……多くの問題が出てくるでしょう」
「やはりそうか……」と呟いた殿下の顔は、憂いに満ちていた。
流石の私でも、ここまで聞けば憂慮の理由は分かった。
この国は、天を御する王族が治める国。
天を御するというその能力こそが王族の存在意義であり、この国を他国よりも優位な位置に為らしめる基盤である。
「日照不足」「雨が少ない」――それは即ち、天を御しきれていないということだ。
今までだって、そういう類のことが無かったわけではない。
しかし、それが大きな被害をもたらすほどになることは無かったのだ。
それなのに現在、この先に多くの問題が出る可能性があるような事態であるというのならば。
非常に由々しき問題であり、決して見過ごすことの出来ない問題である。
やはり、という殿下の反応を見るに、すでに綻びの端緒はどこかに現れていたのかもしれない。
そして実地で確認するために、真の目的は伏せて平常通りの視察という体裁でやって来たということか。
いつも通りの穏やかな表情に戻した殿下は、それから作物の生育状況についての質問を幾つかしていた。
そして、私たちは村長宅に戻った。
視察はこれにて終了。領主と村長に別れの挨拶をして、馬車に乗り込む。
行きは浮足立っていた心が、帰りはひどく重く感じる。
王国に忍び寄る暗い影の気配に、私はぶるりと身を震わせた。




