沼
「最近ほんとログインしなくなったね、俺ら」
ハルさんが煙草を咥えたまま言う。
僕はソファに寝転びながら、「そうですね」とだけ返した。
同棲を始めてから数ヶ月が経っていた。
生活は静かだった。
朝、僕がコンビニへ行く。
帰ると、ハルさんが寝起きのまま煙草を吸っている。
適当に飯を作る。
動画を見る。
酒を飲む。
夜になる。
たまにセックスみたいなこともする。
でも、付き合っているのかと聞かれると、よくわからなかった。
ハルさんは好きだと言った。
僕は答えを返していない。
それなのに、関係だけは曖昧に続いていた。
不思議と、それで成立してしまっていた。
久しぶりにグラオーを起動する。
懐かしいログイン画面。
昔はこれだけで安心できた。
でも今は、少し違った。
『最終ログイン:21日前』
『最終ログイン:13日前』
フレンド欄には、止まった時間みたいな数字が並んでいた。
僕とハルさんも、ほとんどログインしていなかった。
ゲームの中で会わなくても、隣にいる。
Discordを繋がなくても、声が聞こえる。
昔、あれほど救いだったものが、段々遠くなっていた。
ギルドチャットを開く。
『うわ、ユウくん生きてた』
『タツタさんもいるじゃんw』
『最近なにしてんの二人とも』
『同棲マジって聞いたんだけど』
『絶対付き合ってるだろw』
画面を見た瞬間、妙に苛立った。
冗談なのはわかっている。
でも、知られたくなかった。
この生活を、ゲームの向こう側の人間に。
「ユウ、顔怖」
隣でハルさんが笑う。
「別に」
「めっちゃ不機嫌じゃん」
「……なんかだるいだけです」
そう言いながら、僕はゲームを落とした。
もう今日はいいや、と思った。
ハルさんも特に何も言わず、煙草に火をつける。
気まずい沈黙。
でも、不思議と嫌ではない。
その時。
テーブルの上に置かれていたハルさんのスマホが震えた。
僕はなんとなく画面を見る。
『久しぶり、元気?』
女の名前だった。
心臓の奥がざわつく。
「……誰ですか」
自分でも驚くくらい低い声が出た。
ハルさんはスマホをちらりと見て、
「あー、元カノ」
と軽く言った。
その瞬間、妙に息苦しくなる。
別に恋人じゃない。
ハルさんが誰と連絡を取ろうが自由だ。
そんなの当たり前なのに。
「ふーん」
それだけ返す。
でも、明らかに声が硬かった。
ハルさんが少しだけ目を細める。
「ユウって嫉妬すんだ」
「してません」
即答だった。
ハルさんは小さく笑う。
「そっか」
その言い方が、妙に嬉しそうだった。
僕はそれ以上何も言えなくなって、視線を逸らす。
煙草の匂い。
生活音。
薄暗い部屋。
昔はグラオーの中だけが居場所だった。
でも今は違う。
気付けば僕は、この部屋に帰ってきていた。




