進展
「一緒に住まない?」
ハルさんは煙草を咥えたまま、軽い調子でそう言った。
冗談みたいだった。
さっきの薬の件を流したかったのかもしれない。
でも僕は、その言葉を聞いた瞬間、少しだけ安心してしまった。
ハルさんは先日、仕事を辞めたらしい。
「介護やってたんだけどさ〜、もう無理だった」
そう言いながら煙を吐く。
「人死ぬの見んの、慣れなくて」
その言い方が妙に軽くて、逆に怖かった。
「金はまぁあるんだけどね。貯金だけはあんの」
「……そうなんですか」
「二十七にもなって無職だけど」
ハルさんは笑う。
二十七歳。
思ったより年上だった。
でも、不思議としっくりきた。
この人はずっと年上みたいでもあるし、ずっと子供みたいでもある。
「嫌なら別にいいよ」
ハルさんが言う。
「ただ、ユウといると楽なんだよね」
その言葉が、胸の奥に静かに沈む。
必要とされている。
それだけで、少し救われた気がした。
気付けば話はどんどん進んでいた。
家賃。
場所。
荷物。
役所。
まるで最初から決まっていたみたいに、話は妙にスムーズだった。
怖いくらいに。
そして数週間後、僕らは本当に一緒に暮らし始めた。
生活は、驚くほど静かだった。
朝起きる。
コンビニへ行く。
帰る。
ハルさんがソファで煙草を吸っている。
適当に飯を作る。
深夜、二人でぼんやり動画を見る。
それだけだった。
でも、不思議と苦じゃなかった。
むしろ、一人でいる時より息がしやすかった。
グラオーには、段々ログインしなくなった。
最初は「今日だるいね」くらいだった。
そのうちログインする理由そのものが薄れていった。
ゲームの中で会わなくても、隣にいる。
Discordを繋がなくても、声が聞こえる。
『おかえり』
その言葉も、キャラクター名じゃなく、本当の名前で聞けるようになった。
ある夜。
酒を飲みながら、ハルさんがぽつりと言った。
「俺さ、ユウのこと好きだよ」
あまりにも自然な口調だった。
僕は少し固まる。
「……え」
「恋愛的に」
煙草の火が赤く光る。
僕は返事ができなかった。
ゲイではない。
少なくとも、今までそう思って生きてきた。
でも。
嫌ではなかった。
むしろ、嬉しかった。
それが何より気持ち悪かった。
「ごめん、困るよね」
ハルさんは笑う。
その笑い方が少し寂しそうで、僕は視線を逸らした。
「……わかんないです」
それしか言えなかった。
恋愛なのかはわからない。
でも。
ハルさんが他の誰かといるところは、想像したくなかった。




