第3片 死人に口なし②―癒し―
「お、おうちデート……?」
「あはは、うそうそ。今度の新曲のMV撮影に協力して欲しくってさ。」
「MVですか?」
「そ。今度の新曲はクリエイターの苦悩がテーマなんだよ。
そこでトベっちに出演して欲しくってさ!」
俺が超人気バンドのMVに出演!?
それってもしかして……。
「Buzzるよ。」
瀬凪先輩は俺のテンションが上がる言葉を耳元で呟く。
「やります!!」
「ありがとう。じゃあ日曜日家に行くね。」
「はい!」
こうして俺は2人の心配の目も気にせず、MV出演に即決した。
「よし、こんなものか。」
俺は日曜の朝に部屋の掃除をしていた。
千尋以外の女の子が俺の部屋に来ることなんて初めてだ。
使用済みティッシュは捨てたし、リセッシュも部屋の2周半かけまわった。
完璧なはずだ。
普段とは比べ物にならないほど綺麗になった部屋を見つめていると、インターホンがなった。
ピンポーン
「トベっちおはよ。今日はよろしくね。」
玄関を開けるとそこにはワンピースに赤いタイツに革ジャンを着たロックな瀬凪先輩が立っていた。
制服姿しか見たことがなかったからなんだか少しドキッとしてしまう。
「どうぞ上がってください。あ、機材持ちますよ。」
「ありがとう。」
撮影機材を受け取り、二階にある俺の部屋へと瀬凪先輩を招き入れる。
「おぉー。ここがトベっちの部屋かー!綺麗にしてるんだねー。」
瀬凪先輩は全てを見透かしたような目で俺のニヤニヤと見つめてくる。
えぇ、そうですよ。
あなたの為に綺麗にしましたよ。
「それじゃあ早速始めようか。エヴァン君。」
「え?エヴァンで撮るんですか?」
エヴァンとは俺が動画投稿で活動しているときの名前だ。
白衣とマスカレードを身に纏い、都市伝説や黒魔術などを日々発信している。
「身バレは避けた方がいいからねー。ちょうど顔も隠れるし。」
「そうですか。」
瀬凪先輩はカメラを設置し、俺はエヴァンへと変身する。
やはりプロが使うカメラだけあってか、かなり大きい。
これを家まで運んでくるのは大変だったんじゃなかろうか。
「今回はエヴァン君の普段の撮影シーンを長回しで撮影して編集で倍速にするね。
あ、音声はカットするから関係ないことしゃべっても大丈夫だからね。」
MVなのだから音声が入らないのは当たり前か。
「準備はいい?」
「は、はい!大丈夫です。」
普段と同じようにすればいいのに、なんだか妙に緊張する。
瀬凪先輩は俺が緊張しているのを楽しんでいるようだった。
「いくよー。よーい、スタート!」
MV撮影が開始した。
「世界の闇から失礼。エヴァンだ。」
普段と同じように挨拶をする。
そういえば、動画のテーマを進めていなかった。
何を話そうかと一瞬フリーズしてしまう。
まずい。何を話せばいいんだ?
「トベっち好きな食べ物ってなに?」
突如としてカメラの向こうから瀬凪先輩が話しかけてくる。
「え!?えーっとプリンですかね……。」
「プリン好きなんだ。かわいいね。」
「なっ!」
カメラの向こうで瀬凪先輩はクスクスと笑っている。
「それじゃあカメラにプリンの良さをプレゼンして。それで私を、好きにさせてよ。」
「やってやりますよ!まずはですね!」
こうして俺はプリンについて熱く語りだした。
瀬凪先輩はそれを腕を組みながら優しい笑顔で、うんうんと聞いてくれた。
気がつけば緊張はどこかに吹っ飛んでおり、饒舌にカメラに向かって話している。
「よし。撮影シーンはこんなものでいいかな。」
スルスルッ
瀬凪先輩は、突然服を脱ぎ出した。
赤いタイツから肌色の太ももが露出している。
「な、何してるんですか!?」
「こら撮影中だよ。集中してねー。」
集中しろって言ったって、
カメラを見つめていると自然とその先の瀬凪先輩に目がいってしまう。
先輩はロックな格好から一転して
白色のベビードールを身に纏った天使のような服に着替えていた。
「じゃーん。どうかな?」
「ど、どうと言われましても……。」
エロいの一言に尽きるんですが……。
「トベっちには私が見えていないって設定だから。」
そういうと、天使は撮影に乱入してくる。
カメラの前でポーズを取り、俺の後ろへと回り込む。
俺は言われた通りに見えていない演技を続ける。
しかし瀬凪先輩は後ろから俺の耳に囁きかける。
「反応しちゃだめだよ……。」
耳をくすぐる吐息と甘い香水の匂いにやられそうになる。
でもこれはMV撮影だ。
しっかりしないと。
正気を保とうとする俺にお構いなく、瀬凪先輩は囁き続ける。
「私、トベっちに感謝してるんだ。芸能界デビューして、
みんなそれまで何ともなかったのに急に話しかけてきたりして正直まいってた。」
瀬凪先輩は続けて囁く。
「でもその時、仮面を被ったトベっちがお前の才能には興味はない。
お前が欲しいって部活に誘ってくれたでしょ?あれ嬉しかったんだよ。」
そういえばそんな事を言ったような気がする。
今思えばとても失礼なことを言ってしまった。
でも嬉しかった?
「トベっちは芸能人の私じゃなくて、私自身を誘ってくれたんだってそう思えた。
だからトベっちには感謝してる。」
唇が耳に触れるか触れないかのギリギリのところで瀬凪先輩はそう語った。
あの頃の俺は配信を始めて少し自分に酔っていた部分もあり、かなり痛いヤツだった。
それでもそんな時期を経由していて良かったと、今初めて思えた。
だって瀬凪先輩と、今こうして同じ部活で活動できているんだから。
こちらこそありがとうと言いたい。
「はい、カット!撮影終了!お疲れ様。」
瀬凪先輩は急に手を叩いて、カメラの方へと向かっていく。
髪が揺れて少し赤くなった耳たぶが見えた。
「トベっち協力してくれてありがとう。」
こちらに向き直った顔はいつもの瀬凪先輩に戻っていた。
さっきのは見間違いだったのか?
「それじゃあ着替えるね。」
「わかりました。」
「あの……、そっち向いてくれる?」
「す、すみません!」
「……えっち。」
こうしてMV撮影は無事終わりを告げた。
瀬凪先輩が帰った後もなんだか気持ちがふわふわしてよく眠れなかった。
まだ魔獣は出ていない。
このまま平和な世界片であればどれだけ幸せな事だろうか。
そんな事を考えていると俺はいつの間にか眠っていた。
「続いてのニュースです。今日未明、顔の一部が欠損した2名の死体が発見されました。」




