第3片 死人に口なし―日常―
カキンッ
気持ちの良い金属音が響き渡る。
野球部が校庭で練習をしているようだ。
世界の加速が収まり、世界片を移動できたことを実感できた。
この世界片では絶対に上手くやってみせる。
俺はそう強く決意し、目を開けた。
その時、突然目の前に白球がカットインした。
「どわぁあ!?」
野球部の放った特大ホームランが、屋上にいる俺目掛けて飛んできたのだろう。
迫り来る恐怖に俺は思わず目をつぶり、その場にしゃがみ込んだ。
……。
真っ暗の世界で危機が去るのを待つ。
今思えば、目の前に来ていたボールを避けなくてよかったのか?
でも、身体に痛みは感じない。
奇跡的に逸れたのか?
俺は恐る恐る目を開ける。
スコーンッ!
「痛ぇえええ!!」
硬球が俺の顔面に直撃する。
あまりの痛さに蹲ってしまう。
「何やってんだエヴァン。」
キョーコの呆れた声が聞こえる。
「硬球が当たったんだよ!」
「あぁ、校庭の奴らか。あそこからここまで飛ばすとはな。ドラフト1位決定だな。 」
「硬球だぞ!?死ぬ人だっているんだからな……ってあれ?」
不思議なことに痛みはもうない。
普通硬球が顔面に直撃すれば病院送りだと思っていたのだか。
「能力者じゃなかったら死んでたかもな。」
能力者には肉体強化の面もあるのか。
全然知らなかったぞ。
「そうだ。能力者は見つかってるのか?」
「いや、まだだ。魔獣の反応もまだない。」
一先ず安心できた。
この世界片に魔獣が現れないという淡い期待はもう捨てよう。
とりあえず部室に戻ろう。
長居するとまた怪しまれてややこしいことになるから。
「一旦、部室に戻るよ。なにか反応があったら言ってくれ。」
「わかった。」
こうして俺は部室へと戻った。
「おかえりー。トイレ長かったね。」
部室には千尋と瀬凪先輩が仲良く椅子に座っていた。
しかし野々宮の姿がない。
「あれ?野々宮は?」
ガラガラッ!
「大変です!あきら先輩が絡まれてます!」
息を切らして野々宮が部室に入ってきた。
よかった、野々宮も無事だ。
「えぇー。またー?」
「瀬凪先輩早く来てください!中庭です!」
野々宮は瀬凪先輩の手を引いて外へと飛び出す。
あきら先輩?
そんな奴いたか?
世界片によって関係を持った人が変わっているのかもしれない。
俺も慌てて2人の後を追うことにした。
「おいおい。なんとか言えやこらぁ!」
「ここは俺たちの特等席だぞ!」
中庭に着くと、ベンチに座った人をヤンキー2人が取り囲んでいた。
喧嘩をふっかけるようにヤンキーはベンチを蹴るが、
座ってる人はヘッドホンを付けて微動だにしない。
あの人があきら先輩か?
顔の整ったThe イケメンといった風貌だ。
「聞いてんのかこらぁ!?」
ヤンキーは態度が気に入らなかったのか、ヘッドホンを奪い取る。
その時、あきら先輩の目が変わった。
「返せ……」
「やっとこっち向いたぞこいつ!」
「返せ!!」
あきら先輩は立ち上がり、ヤンキーの顔目掛けて躊躇なく拳を振り上げる。
「ストーーープッ!!」
瀬凪先輩の大声であきら先輩の拳はヤンキーの顔に当たる寸前で止まる。
ヤンキーは思わず尻もちをつく。
「はいはい、ヘッドホン返してねー。あきら暴力は停学だよ。」
瀬凪先輩はヤンキーからヘッドホンを奪い取り、あきら先輩に返す。
あきらは何も言わずにまたヘッドホンを付けてベンチに座り込む。
「君たちも今日は見逃してくれない?」
「チッ!行くぞ。」
「お、おう。」
ヤンキーはそそくさとその場を後にする。
「あんまり敵作らないでよね。」
瀬凪先輩はあきらの横に座る。
「うるさいな。」
「あきら先輩はクールでかっこいいですねー。」
俺の隣で野々宮が目を輝かせる。
「そうか?」
「先輩ヤキモチですか?」
野々宮はニヤニヤと俺の顔を覗いてくるが構うものか。
俺が元居た世界片ではあきらという男とは出会っていなかった。
世界片の移動で巡り合わせも変わってくるようだ。
それにしても何か胸がモヤモヤする。
俺の知っているメンバーの中に知らない男が混じっている。それもイケメンだ。
これはヤキモチなのか?
「喧嘩はダメだからね?」
「わかったよ。」
瀬凪先輩はあきらをなだめ、俺たちの元へと帰ってくる。
「夢衣ちゃん教えてくれてありがとう。」
「いえいえ。それじゃ部室に戻りましょうか。」
会話の流れ的にBuzz部のメンバーでは無さそうだ。
あまり突っ込んで聞くとまたボロが出るかもしれないので慎重にいかないとな。
部室に戻った俺たちにいつも通りの時間が流れる。
よし、ちょっと聞いてみるか。
「あきら先輩っていつもあんな感じでしたっけ?」
「んー、まぁ通常運転かなー?でもバンドの時は意外とテンション高いんだよ。」
ヒット!
あきら先輩はバンドメンバーなのか。
この世界片では瀬凪先輩はバンドもやっているということか?
すかさず俺はTwippoで瀬凪先輩のアカウントを確認する。
すると確かに自己紹介欄にバンド活動とも書いてある。
ていうか結構メジャーなバンドっぽいぞ。
「瀬凪先輩とあきら先輩のハモリ最高です。【如月】の曲は登校前にいつも聞いてます。」
「あはは。ありがとう。」
ネットで【如月】と検索する。
女子高生バンド【如月】。
発表する楽曲はどれもストリーミング再生は1億回を余裕で越す化け物バンド。
はえー、やっぱ瀬凪先輩はすごいな……。
って女子高生バンド!?
「あきら先輩って女なのか!?」
「はぁ?今更何言ってるんですか先輩?当たり前じゃないですか。」
お前がヤキモチとか言うから、勘違いしたんだろうが。
「制服がズボンでショートカットだからねぇ。」
うちの制服はたしかに選択制だが、ズボンを選んでいる女の子は初めて見た。
「そうだ。トベっちにお願いがあるんだけどさ。」
「お願いですか?」
「日曜日空いてる?トベっちの部屋に行きたいんだけど。」
「え!?」
千尋と野々宮が俺よりも先に声を発した。
2人は顔を見合わせてざわざわしている。
「お、俺の部屋ですか!?」
「うん。おうちデート。」
「えぇぇぇえ!?」
またしても俺より先に2人が叫ぶ。
リアクションを取らないでくれ。




