エピローグ:元・空賊達と
二年後。
カベルネ・アカデミーを無事に卒業した私は、シャヘル国へ戻ってシルトムーロで働くことになった。
所属先はもちろん、我が家がまとめている東部シルトムーロだ。そこで私は予定していた通り、隊を一つ受け持つことになった。
十数人くらいの、そんなに大きな隊ではないんだけどね。彼らと一緒に私はシャヘル国とカベルネ国の国境付近をまたいで警備している。
『どうだい、フォルテ。そっちの様子は』
「問題ありません、サー・イースト」
飛空艇に乗って巡回中に兄のノアから通信が入った。
サー・イーストとは、東部シルトムーロ長に対する敬称だ。昨年、父が引退した時に、兄が新しく東部シルトムーロ長になったんだよ。
まだまだ肩書きが馴染まないって兄は言っていたけれど、そうでもないと私は思う。
少しでも馴染んだと感じられるように、私は仕事中には名前ではなくこう呼ぶことにしている。
けれど、どうも兄にはそれが不満のようで。
『……それ止めない? 兄さんて呼んで欲しいな寂しいよ!』
なんて良く言われる。シルトムーロ長になってもこういうところは相変わらずである。
「こういうのは大事だって聞いたので」
『何か僕だけ損した気分……』
私の返答に、モニターの向こうで兄がガックリと肩を落としたのが見えた。
家に戻ったら兄さんって呼んでいるんだから、別に良いんじゃないかと思うけどなぁ。
兄のしょんぼりした姿に思わず苦笑していると、そこへひょっこりと妹と、その友達の双子が顔を出した。元バート家のアシュとナーサだ。
『フォルテ姉さん、お仕事どう?』
『こんにちは、フォルテさん。お邪魔しています』
『こんにちはー! そっちの空はどうですか?』
二人は今、義母のサリーと一緒に暮らしている。以前にあったぎこちなさは消え、今はすっかり仲良し親子らしい。
そうそう双子なんだけど、彼らは東部シルトムーロでの士官を目標にしているのだと妹から聞いた。何でも双子は、自分達を助けてくれた恩人である兄の元で働きたいそうだ。兄のことを褒められるのは嬉しいし、妹のリリティアも楽しそうなので何よりだと私は思っている。
ただシグルド様だけは、双子が東部シルトムーロでの士官を目標にしていると聞いて「くっ、アシュとナーサまでも……!」なんて悔しがっていた。
思い出してフフ、と笑いながら、
「うん、良い調子だよ。空も荒れていないし、良い天気だよ」
『良かった! お仕事頑張ってね、姉さん。でも、あんまり無理しないでね?』
「うん、お姉ちゃん頑張るよ~! 美味しいもの持って帰るからね!」
『やっぱり僕だけ損した気分……それじゃ頑張ってね……報告待ってるよ……』
兄が露骨に落ち込みながら、通信を切れた。
うーん、あそこまで落ち込まれるなら、呼び方直した方が良いのかな。
そんな事を考えていると、隣でクスクス笑う声が聞こえた。顔を上げると、シルトムーロ制服を来た元空賊、ヴェント・マリーノの姿がある。
「相変わらずですねぇ、あなたのシスコンぶりは」
「だってうちの妹が可愛い」
「そこは分かります。うちのフェルマータも可愛いですから。でも、サー・イーストはかわいそうでしたけど」
「可愛い子には旅をさせろ的なことを言うし」
「旅に出てるのはこちらなんですがねぇ」
フフ、とヴェントは笑った。
あれから二年。私はマリーノ・ファミリーを丸ごとスカウトし、カベルネ国と交渉し、こうしてシルトムーロに仕官してもらう事に成功した。元々義賊として人気のあった彼らのシルトムーロ入りは、比較的好意的に受け入れられたんだ。ヴェントはもちろん、操縦手のフェルマータも、船医のルビーノ、ロメオも。他の彼らの仲間も全員、東部シルトムーロで働いてくれている。
もちろん色々大変だったけどね。
でもその大変さも、彼らがシルトムーロ制服に袖を通している姿を見ると、吹っ飛ぶくらいだ。良く似合っていると私は思っている。
そうそう、シルトムーロ制服と言えばね。今までは男女別のデザインだったんだけど、ここ最近、ユニセックスタイプの制服も出来たんだ。
実はこれヴェントのアイデアなんだ。これが結構好評で、東西南北それぞれのシルトムーロでも流行り出してるんだよ。うちの隊はもちろんそちらの制服です。
それと……。
「さて、あちらはちゃんとやってますかね」
私がそう言うと、操縦席のフェルマータが頷いて、モニターに甲板の映像を出してくれた。
そこでは赤い髪の男と白い髪の男――ロッソとビアンコを始めとした、元オーロ・ファミリーの空賊達が荷物の運搬をしてくれている。
『だー! くっそ、荷物の量が多いんだよ!」
『ぼやくなぼやくな。ほら、きりきりお仕事しよーぜ』
『くっそおおおお! この俺様が国の犬……情けなくて涙も出ねぇ!』
ロッソは地団駄を踏んで悔しがっている。
こうやって騒いではいるものの、彼は意外と良く働いてくれるので東部シルトムーロでは重宝されている。
「犬どころか首輪付きですよ。服役中じゃないですか。ほら、あと四年頑張りましょ」
『あってめぇ見てやがったな! 四年後覚えてろよ!』
「そんなこと言って。この間頑張ったので、今日の夕飯、お酒つけようと思っていたのですが」
『えっうそヤダ素敵、ありがとう隊長愛してる!』
私がそう言うと、ロッソはあっさりと手のひらを返した。口は悪いけれど、こういう素直な部分が憎めないだよなぁ。
なんて思っていたら、ヴェントがどこか冷えた声で、
「お酒無しにしましょうか」
『お前は心が狭ぇんだよ、ヴェント……』
そのやり取りに、聞いていた全員が噴き出すように笑う。
ヴェントも、ロッソもだ。
ヴェントは眩しそうに少しだけ目を細くして、
「……それにしても思ってもみなかったですよ、私達がこうやって公務員やってるのは」
なんて言った。
「そうですか? でも、やってる事はそんなに変わらないでしょう。悪い連中を捕まえて、家族を守ってお仕事をしている」
「でもそのために、あなたやノア君が一部から文句を言われてるって聞きましたよ」
「さて。二年しっかり働いて、あなた達は賠償金は払いましたし、捕まえた犯罪者はうちの監視下で服役中。それを両国が認めた以上、文句はお門違いってモンです」
そう、あの後彼らは、無罪放免となったわけではない。
彼らも彼らで法の上での裁きを受けて、償いの形を提示された。彼らはそれを受け入れて、二年間ずっと真面目に働いていたのだ。そうして法の上で赦された。
だから関係ない、良いのだ――――とは確かに言えない。
けれど、それを覚悟の上で私は彼らを誘ったし、彼らもそれを受け入れてくれた。
だから。
「昔あなたが言ったでしょう? ここは自由ですからね。どう生きてきたかなんて関係ない。皆、前に進んで行けば良いだけだって」
私がそう言うと、ヴェントは虚を突かれた顔になる。
そして直ぐに、少し頬を赤くしながら微笑んだ。
「まったくあなたときたら、どこまで私を惚れさせたら気が済むんです?」
「またまた御冗談を」
「いやいや。……はあ。こっちはなかなか前に進まない……」
二年前からこのやり取りをよくするので『お約束』的なものだと思っているんだけど、何故ため息を吐かれたのだろうか。
私がそう思っていると、モニターに映ったロッソとビアンコが、
『あれから二年経つのにマジかよ』
『あれ絶対ヴェントの自業自得だろ。あーカワイソー』
なんて言っていた。するとヴェントが目を吊り上げて、
「聞こえてんだよ、ぶっ飛ばすぞ」
と低い声で言った。
紳士然とした物腰のヴェントだけど、一緒にいるようになると、割と良くこの口調を聞くようになった。
こっちが素なのかどうなのかは分からないけれど、信頼してくれているような気になって結構嬉しかったりする。
ああ、何かこう、いいなぁ。家族みたいな仲間が出来るのって。
幸せだなぁなんて呟いていたら、レーダーを見ていたロメオから艇内アナウンスが入る。
『十時の方向に、指名手配の空賊が所有していると思われる飛空艇を発見しました!』
その声に、全員の表情が引き締まる。程よい緊張感だ。
私は頷くと、艇内、そして甲板にいる仲間達に向かって言う。
「おや。――――それじゃ諸君、もう一仕事、いきましょうか!」




