昔見たあの飛空艇の
命綱になるワイヤーをベルトにしっかりと固定して、ゴーグルで目を覆うと甲板に続くドアを開ける。
とたんにぶわり、と冷たい風と薄っすらとした白い霧が強く体にあたる。船の周囲には先ほども見た通り、残骸がまばらに漂っていた。
痛いというより重い。これはバランスを取るのが大変そうだなと思いながら、船首の方へと慎重に進む。
あまり縁へ近づきすぎても危ないので、適当な場所で足を止めると銃を構えた。
まずは試し撃ちの意味も込めて、進行方向に漂う、薄い色の飛空結晶に狙いを定める。
バンッ、
と一発。風にあおられ弾道は少しぶれたが、弾自体は飛空結晶の端に当たった。
その飛空結晶は小さな爆発音と共に砕ける。
なるほど、と思いながら狙いを調整し、もう一発。
その繰り返しだ。ワイバーンの方は飛空艇の周囲を飛んでいるが、とりあえず飛空艇に釘付けのようで、私の方は眼中にないのはありがたい。
この隙に出来るだけ飛空結晶は排除しておこう。
……それにしても、どれだけの飛空艇がここで消えていったのだろうか。
『フォルテ! 左に大きく揺れるから気をつけて!』
撃ちながらそんなことを考えていると、スピーカーから兄の声が聞こえてきた。
おっと、と私は体を低くし、手を床につける。それとほぼ同じくらいのタイミングで飛空艇がぐん、と大きく左に動いた。
ワイバーンを避けるためだろう。
その影響で、残骸の一部が飛空艇の縁にあたり、砕けた鉄と木片がこちらに向かって飛んできた。
うわ、と思って咄嗟にそれを銃で撃つ。鉄は何とか反らせたが、木片までは間に合わず、一部の破片がゴーグルにぶつかってきた。
衝撃で顔が仰け反る。見上げた真上の空、自分が撃って反らした鉄の破片が見えた。
破片に、何かのマークの一部が描かれているのが見えた。
白くて丸くて、どこかで見たような――――。
そこまで考えて、昔の記憶が蘇った。たぶんこれは白熊の模様だ。
私が小さい頃に家族で登った、シャヘル東部の山の上を飛んでいた、初めて見た飛空艇に描かれていたマークだ。
空は大きく、遠くに見えるカベルネは綺麗で、その空を飛んでいた飛空艇の何と美しかったことか。
母はその飛空艇を見て「あれは空賊の飛空艇ね」と言っていた。
その頃の私でも空賊は犯罪者だということは知っていた。なので私はごくごく疑問に思ったことを、父や母に尋ねたものだ。
「どうして自分から犯罪者になろうとするの?」
「フォルテは難しいことを聞くようになったなぁ。ノアは難しいこと言うようになったけど」
「知識は武器なので」
「ほら難しいこと言ってる」
「フフ、そうね」
そんな何気ないやり取りをしたあと、母は少し考えて、
「……どうして空賊になったかは人それぞれだけど、生きたい場所で生きられないためではないかと私は思うわ」
と言った。
「生きたい場所?」
私が聞き返すと、両親は頷く。
「そうだね。僕も聞いたことがある。空賊になる理由のほとんどは、居場所を失くしたからだと。だから彼らは、空に居場所を求めた」
「空賊にとって空は陸、飛空艇は家なのよ。その家に色んな人間が集まって、一つの仲間――――家族になるの。だから彼らは『ファミリー』を名乗るの」
「……家族を名乗るなら。空賊も、家族が好き? 家族が大事なの?」
「ええ、そうね。きっと大事で、大好きだと私は思うわ」
そう言って母は私の頭を撫でてくれた。
私は、私の家族が大好きだ。家族が笑って、楽しそうにしているのを見るのが何よりも幸せだ。
だから空賊も自分達のファミリーが好きだと聞いて、その時はとても不思議な気持ちになったのを覚えている。
空賊でも、犯罪者と呼ばれる彼らでも、家族は大事なのだと。
不思議だった。良く分からなかった。家族が大事なら、犯罪者になんてならなければ良いのに。
子供の頃の私はまだまだ世の中を知らなくて――まぁ今もそんなに知らないけれど――そんな風に思っていた。
だけど両親の話をよく考えて、それは経緯が逆なんだなと思った。
彼らは空賊と言う居場所に辿り着いて家族を得たのだ。
つまりはそれはそれ、これはこれ、という話である。
その結論に辿り着いても、実際に目にしてみないと、少々ぼやけていたけれど。
空賊も仲間を大事にしている。
マリーノ・ファミリーも、オーロ・ファミリーも、それぞれがそれぞれの距離感で仲間を大事にしている。何だかんだでウィルソンもシンディもそうだ。
この飛空艇の中だけでもこんなに大勢の家族がいる。ちゃんと無事に返してやりたいし、私も兄と一緒に家に帰りたい。
なんて偉そうなことを言っても、今この場で私に出来るのは、飛空結晶を撃ち抜くことだけだ。
「フォルテさん!」
ずれたゴーグルの位置を直し、崩れた体勢を整えていると、名前を呼ばれた。
声の方を見るとヴェントが艇内から出てくるところだった。




