混沌と混沌とデリンジャー
相手の銃の位置は記憶した。
眩い閃光の中で、私は二発、続けて銃を撃つ。
カァン、
と二度ほど金属に銃弾が当たる音がして、重量のあるものが地面に落ちる音が聞こえた。
「……は?」
光が収まった中にいたのは、ぽかんとした顔で立つ手ぶらの男が二人。
赤い髪の男と、白い髪の男だ。色で判断するなら赤い方がロッソだろうか。
「お見事。よく当てましたね、さすがフロスト家の魔弾娘さん」
「何故ご存じなのか詳しく!」
「飛空艇で軽く調べました。オーロ・ファミリーの空賊捕まえたんでしょ? お手柄じゃないですか」
ヴェントにしれっとあだ名がバレて、頭を抱えたくなる衝動に駆られる。
しかしそれは全部後回しだ。私は空賊二人に銃口をむけたまま、周囲を目だけで確認する。
赤と金を基調とした内装の何とも派手は部屋の、向かって右手の方に縄で縛られた兄達の姿があった。
「やあ兄さん、無事? 怪我してない?」
「やあ妹よ。おかげでこうして元気だよ。全員怪我らしい怪我もしていない、無事だ」
軽い口調で私が聞くと、兄は少し驚いた様子だったが、直ぐに笑って同じように返してくれた。
それならば良かったと胸をなでおろす。
「な、な、な……ヴェント・マリーノ!? てめぇ何でここに!?」
「何でって、心外ですねロッソ。うちの仲間を取り戻しにきたんですよ」
焦る赤毛の男――やはり彼がロッソ―らしい―に、これでもかというくらい良い笑顔でヴェントは返す。
「いくら何でも行動が早すぎるだろ!? 他の連中はどうした!」
「皆、睡眠薬入りのお酒飲んで寝てますよ。赤いカナリアさんからお届け物ですって言ったら、何も疑わずに飲んでくれました。私が言うのも何ですが、少々素直過ぎでは?」
「あの阿呆共……ロッソが酒振舞う時はいつも直接渡してるだろ……」
ビアンコが片手で顔を覆って天を仰ぐ。
「今日は無礼講だ、ボス、太っ腹! ひゃっほーい! ……みたいなことを言っていましたよ」
「言ったよ、確かに言っちまってたよ、俺の馬鹿……」
今度はロッソが両手で顔を覆った。
「……ああ、くそ、だけどまだまだリカバリー可能段階だ! ビアンコ、こいつらぶっ飛ばすぞ!」
「つってもなぁ……」
顔から手を放し、ロッソはこちらを睨んで怒鳴る。
けれど隣のビアンコは渋い顔で床に落ちた銃を見た。
「動かないで。次は肩を撃ちます」
「……なんて、おっかねぇこと言うお嬢さんがいるしなぁ」
はあ、とビアンコはため息を吐く。
それから、
「まぁ仕方ねぇぜ、ロッソ。ここはよ……」
と諦めるように両手を上げかけ――――、
次の瞬間、ビアンコの両袖からデリンジャーが一丁ずつ、スッと滑り出た。
「!」
手元を狙って撃とうとしたが、それより早く銃口がカチリと、私とヴェントに向けられる。
ビアンコはニヤッと笑った。
「動くなよ。この距離だ、脳天だっていいんだぜ」
「それはどうもご丁寧に」
デリンジャーは単発式の銃。つまり弾は一発しか装填する事が出来ない。しかも左右それぞれ違う的を撃とうとすると、狙いはズレやすい。
撃っても脳天には当たらない。けれど脳天には当たらないだけで、どこかに当てることは出来るだろう。私達が動かないなら。
けん制としては十分だなと、私もビアンコに銃と視線を向けたまま、次の動きを考える。
「ハッハッハァ! 形勢逆転だな、ヴェント!」
「まだ逆転していませんし、そもそもあなた何もしてないでしょう」
高笑いするロッソに、ヴェントは呆れた声を出す。
「ハン! 強がっていられるのも今の内だ。何たってこっちには人質だっているんだぜ。そいつらを無事に返して欲しけりゃ……」
そう言ってロッソは兄達がいた場所へ顔を向ける。
そこには縄で縛られた兄達が……。
「あれ、いない!?」
いなかった。正確には縄を解いて、その場から移動しているという方が正しい。兄とロメオはウィルソンとシンディを連れ、私達がいる位置に向かって移動している。
閃光手榴弾を投げ込む直前に、私が呼び掛けた言葉を兄は直ぐに理解してくれたようだ。
ロッソはバッと辺りを見回して、自由の身となった兄達を見つけると目を剥いた。
兄はそんなロッソににこりと笑って、
「ごめんね。縄抜けはうちのアカデミーでは必修項目なんだ」
「シャヘルの学校、何を教えてんの!?」
それに関してはシャヘル出身の私でも良く分からない。けれど覚えておいて損はない技術である。
シャヘル・アカデミーでは将来、各シルトムーロで働く士官の育成も担っているから、その一環なのだと思う。
確か士官を目指さない生徒であっても、護身術系の授業で教わるんだっけ。
ちなみに私はカベルネ国に留学しているから習っていないが、妹のリリティアも出来るらしい。今度教えて貰おう。
あ、でもそうなると、シンディも教わっているんじゃないだろうか。そう思って様子を見ると、
「ちょっと、離しなさいよ! 私に触れていいのはノア様だけよ!」
ロメオに支えられた彼女はそんな事を叫んでいる。始終捕まっているけれど元気だな彼女は。
「僕は触れたくないのでノーサンキューです」
「ノ、ノア様!? さっきから私に冷たくありませんこと!?」
「あいにくと可愛い妹達とうちの家の人間に、酷い態度を取る人間に優しくする心は持ち合わせていないので」
シンディに縋られた兄はケッと悪態をつく。その態度にシンディはショックを受けた顔になった。
たぶん、彼女の中にあった兄とのイメージと懸け離れたからだろう。
兄は学校では「王子様」なんてひそかに呼ばれているらしいが、とんでもない。あれはしっかりと猫をかぶっているだけである。
言葉を失うシンディを見て、ウィルソンが顔を赤くして怒りだす。
「き、貴様、騙したな! よくも娘を弄びおって!」
「騙すも弄んでもいませんし。そちらが性根の方なら上っ面しか見てないせいでしょう」
けろっとした顔で言う兄に、ロメオが「わー、辛辣だー……」と苦笑していた。
「こらこら君達。その話はあとにしなさいね」
そんなやり取りをしている兄達に向かって、ヴェントがそう注意する。確かに今する話ではない。
けれど、ロッソやビアンコもあまりに場違いな様子に、少々呆気に取られていたようだ。
「その通りだよコンチクショウ! ビアンコ! あいつらは俺が何とかするから、二人抑えてろ!」
「オーケー」
ロッソの命令にビアンコは短くそう返す。
そのとたんに彼のデリンジャーが火を噴いた。
ダン、
と躊躇なく引かれた引き金。
聞こえた音に、反射的に私とヴェントは同時に左右へ飛ぶ。
出来た僅かな隙にロッソとビアンコが床に落ちた銃目掛けて動くのが見えた。
その時だ。
「――――!?」
ガクン、と急に飛空艇全体が傾いた。
突風にでもあおられたのだろうか。そんな風に考えていると、ヴェントが訝しんだ顔になっていた。
「この空域で飛行が乱れる……?」
ぽつりと呟いた声に、動きを止めたロッソが頬を引くつかせながら振り向いた。
「おい、お前らまさか……操縦手に酒飲ませたんじゃねぇだろうな……?」
「するわけないでしょう。飛空艇乗りにそんな馬鹿はいませんよ」
心外だと顔をしかめるヴェント。
基本的に陸でも空でも飲酒をした上での操縦は厳しく罰せられる。それは空賊でも同じようだ。
しかし操縦手にお酒か……。
そこまで考えて私は「あっ」と思い出す。
「……何だいお嬢さん、その反応は」
「あ、いえ。確かさっき『ここにいねぇ奴いるから、ちょっと俺持って行ってくるわ』って言っていた空賊がいたなぁって……」
「あーそういえばいましたね……」
シン、と静かになる空間。
全員の顔が同時にサーッと青褪めた。
「いやいやいやいや! さすがにうちの連中だって、そこまで馬鹿じゃないって!」
「そりゃそうでしょうよ。飲むにしても、最低限、自動操縦に切り替えるとかあるでしょうし」
「あっ」
ヴェントの言葉に、今度はロッソが口を押えた。何だか嫌な予感がする。
「……その反応について詳しく」
「いや、その……うちの自動操縦、壊れかけてて……十分ちょっとくらいなら問題ないんだけど……」
「十分……十分前か……。ああ、そう言えば操縦手の交代時間がちょうどそのくらいだったな……」
「……ちなみに次の交代は?」
「俺……ですね……」
ビアンコより、ぽつりと呟かれる言葉。
それは、つまり――――。
「墜落するぞ!!」
ロッソの叫びが響く中、飛空艇の傾きが大きくなった。




