ヴェントの衣裳部屋
マリーノ・ファミリーの飛空艇内は、白色と青色の二色を基調とした内装となっていた。
清潔感が溢れる艇内は、ちょっとお洒落なリストランテと言っても通じそうだ。それでいて温かみのある、何とも居心地の良い空間である。
この飛空艇内にいるのはもちろん空賊――なのだが。不思議なことに会う人、会う人、空賊らしさがないのだ。
空賊というより職人とか、一般的な職についているような人とか、そんな雰囲気の人間が多い。私と同い歳くらいの子や、フェルマータより小さい子供までいる。
艇内の廊下を歩きながら私がそう思っていると、前を歩くヴェントが、
「空賊っぽくないでしょう? うちの飛空艇は行き場のない連中が集まっている感じですからねぇ」
と教えてくれた。どうやら私の疑問が伝わったらしい。
「行き場のない、ですか」
「ええ。まー、楽しくやってますけどね。皆、似た者同士ですし」
「なるほど。……つまりここは、空のアパルトメントみたいな?」
「合っているような、いないような。というか、そのアイデア売れそうですね。家賃は高そうですけど」
そう呑気に会話をしながら、私はヴェントの後ろとついて行く。向かっている先は彼の衣裳部屋だ。
あの後、私はヴェントから今の状況を聞いた。
空中に投げ出された後、兄とロメオ、シンディとウィルソンの四人はオーロ・ファミリーによって救助されたそうだ。私もその時のことは覚えている。
それでその後が問題だった。突撃した後で冷静になったのか、オーロ・ファミリーはそのまま、あの金色の飛空艇を飛ばしてその場から逃げたらしいのだ。
損傷したシャヘル国の飛空艇では追いつけないし、マリーノ・ファミリーの飛空艇は私達の救助で精いっぱい。追いかけることはできなかった。
ヴェントが言うには「オーロの連中は馬鹿ですけど、無暗に人を殺したりはしないので、生きてはいると思います」らしい。
完全に信じるには少々材料が足りないけれど、彼らと因縁部下そうなヴェントが言うのだ。とりあえず『そうなのだろう』と思っておくことにした。
状況を説明された後で、私はヴェントから提案を持ち掛けられた。それは「一次的に協力しませんか」という話だった。
「協力?」
「ええ。私は仲間を助けたい、あなたはお兄さんを助けたい。利害が一致するでしょう? それに、今の状況でまともに動かせる飛空艇はうちのだけだ」
「それはありがたいですが……何か考えてますよね?」
「ハハハ。ええ、まぁ、そうですね。これが終わるまで、シャヘルの飛空艇からターゲットにされないようにお願いできたらなって。応援、呼ぶでしょう?」
要は共同戦線を張る間、シャヘル側から邪魔をされたくない、ということらしい。
正直、この飛空艇だけで動くよりは、シャヘルの応援を待った方が確実性があるけれど……。
そう思ったが、ヴェントが言うにはオーロ・ファミリーが普段身を隠しているのは、空賊だけが知っているルートでしか入れない場所らしい。
試しにその場所を聞いてみたが「教えると思います?」と笑ってお断りされた。まぁ、そうだよねぇ。
そんな事情で、私はその提案を飲むことにし、シグルド様に連絡を取った。
幸いタブレットでの通信が届く状態だったようで、シグルド様はすぐに電話に出てくれた。
安堵してくれている師匠に私がヴェントの提案を伝えると、最初は驚かれたものの「うちの飛空艇も応急処置に時間がかかる」と、渋々了承してくれた。
こうして私はヴェントと一緒に、兄達の救出作戦を開始することとなったのだ。
で、その作戦の準備として、ヴェントの衣裳部屋へと向かっている。
作戦に使う衣装に着替えるためである。
衣装部屋は飛空艇の奥の方にあった。鍵を開けて中へ入ると、そこには様々な衣装がずらりと並んでいる。
本で見たようなドレスや、ピエロの衣装、東方にあるミサクラ島の着物、カベルネ軍の制服や、シャヘル国のシルトムーロ制服まである。
「これ、本物です?」
「一部はね。あとは似せて作ってあるだけですよ。……あ、ちなみにシルトムーロの制服は本物ですので」
「そこはほら、入手ルートを詳しく」
「内緒です♪」
追及しようとしたら、可愛く言われてウィンクまでされてしまった。えらく顔が良いだけにウィンクしても似合うなこの人は。
それにしても本当にたくさんの衣装が揃っているものだ。貸衣装屋としてもやっていけるのではないだろうか。
私がしげしげと見ていると、ヴェントから「着てみます?」と聞かれた。
興味はあるけれど、それはまた別の機会にお願いしよう。まぁ別の機会があるかどうかというと微妙だけど。
「それはまた今後があれば。この衣装、変装か何かで使っているんですか?」
「ええ。まぁそれ意外に、単純に私の趣味もありますけどね。好きなんですよ、色んな衣装を集めて着るの」
ヴェントは楽しそうに笑って、近くにあったドレスを手に取った。
綺麗なアイスブルーのマーメイドドレスだ。落ち着いたシックなデザインがまた良い。
ヴェントはそれを自分に当てて「似合います?」と冗談めかして笑う。
「似合いますよ。ヴェントさんの銀髪に色も合いますし、これで海辺でも歩いていたら、マーメイドみたいに見えそうですね」
「…………」
私がそう答えると、ヴェントは固まってしまった。
思ったままを答えたのに、何だその反応は。私、何か変なことを言っただろうか。
「……引かないんですね?」
首を傾げていたらヴェントからそんな風に言われた。
引く、とは何の話だろうか。何を引けば良いんだ、ヴェントが首に巻いているスカーフか。
良く分からなかったので「何がです?」と聞くと彼は、
「男の私が女性装もすること」
と言った。どうやら引くとは物理的な意味ではなく、精神的な意味だったらしい。
「特には何とも思いませんが」
「そう気を遣わなくても」
「私が気を遣う性格に見えますか?」
「いいえ」
真顔で首を横に振られた。
聞いた私も私だが、この短時間で私はどんな人間に見られているのか気になる。
「大体の連中は、私のこれを知ると、奇妙な目を向けるんですよ」
「でも別にそれで誰かに迷惑をかけているわけではありませんし。迷惑かけていないなら、人の『好き』を、自分の物差しではかってどうこう言う権利なんて、誰にもありませんよ」
私がそう言うとヴェントは意外そうな様子で目を瞬いた。
そもそも好きなことをしているだけなのに、引くも何もないものだ。
他人に強要したり、法に触れたとかなら話は別だが、そうでないなら何の問題もないだろう。
私だって家族のことが大好きで周囲から「シスコンめ」とか言われていたりするけれど、引き際はわきまえている――はず――し、それなりに空気だって呼んでいるつもりだ。
法を守った上で、誰かに迷惑をかけているわけでもない自分の好きなことを、他人にとやかく言われる筋合いなんてないのである。
私がそう言うとヴェントは驚いた顔になった。
「似合っているから良いけれど、とは言われた事がありますよ」
「それこそ自分の物差しですよ。あなたの事は、あなたの物差しで決めて良いんですよ」
「…………そうですね」
ヴェントは小さく笑うと、少し照れた顔になった。
今までの飄々とした余裕ぶった表情とは少し違って新鮮だ。
「あなたやっぱり変わってますね」
「しみじみ言わなくても……」
さてそんなやり取りをしながら、ヴェントについて衣裳部屋を進む。
奥の方まで行くと、彼はその列のハンガーにかけてあったピーグリーン色のチェック柄ジャケットを手に取った。背中にピゼッロ豆と鳥の絵が描かれたマークがついている。
これ確かピカデリー宅配のマークだ。所有している中型の飛空艇に乗ってあちこち荷物を届ける運送業者である。
「サイズは……合うか?」
そんな事を呟きながら、ヴェントはジャケットとシャツ、それからズボンを取ってこちらに差し出してくる。
「それではこれに着替えをお願いします。左の方に試着室がありますので、そこで」
「はーい」
「……覗かないでくださいね?」
人差し指を立てて念を押すように言われて、さすがにそれは逆ではなかろうかと思う私だった。




