視力は良いけど目は悪い
予想外の行動だったのかヴェントはぎょっとした顔になる。
それに構わず、体重をかけて腕を傾け、銃口を自分の足へ向けると、トリガーに指を当てて押し込み、
バァン、
と撃った。
「――――ッ!」
太もものあたりに激痛が走る。ぎょっとした様子のヴェントの眉間にしわが寄るのが見えた。
「自分の足を……!」
「フォルテ、無茶するんじゃない!」
ぶわっと脂汗が噴き出る。だが口元は自然と上がっていた。
ヴェントの手首を掴んでいた手を放し見上げると、
「はい、足手まといですね?」
と言ってみせる。ヴェントは虚を突かれたように目を見開いたあと、ため息を吐いてこめかみを抑えた。
そして半眼になって、
「…………ちょっと行動的過ぎでは?」
と言った。予定外だと言う様子である。
まぁそうでなくては、やった意味がない。
「良く言われます。それよりも、銃声も響きましたね。この状況でどうします?」
「……フフ、ああ、そうですねぇ。どうしましょうかね」
苦笑しながらヴェントは周囲を見回す。すでに兄は床から銃を拾って銃口を向けているところだった。
さすが我が家の長男は動きが早い。ちょっと自慢気に思っていると、
「でもまぁ、そんなに困ってもいないんですよねぇ」
「え?」
何を、と聞き返しかけた時、私の体がぐいと持ち上げられて宙に浮いた。僅かに遅れて、ヴェントがいた場所に兄が撃った銃弾が撃ち込まれるのが見えた。
兄の舌打ちが聞こえる中、その一瞬で自分の身に何が起きたのか分からなかった。慌てて自分の状態を確認すれば、私の体はヴェントのわきに片手で担がれていた。
何という怪力。「げっ」と思った時には、頭に再び銃口を当てられていた。
「うっそお!」
「まぁ本来ならアレも正解の一つですよ。足を怪我した人質は邪魔だ。ただこっちもね、それなりに腕力はありまして、抱えて逃げるくらいは造作もない。それに喚くだけの面倒くさいお嬢さんより、怪我をしていても体幹がちゃんとしたお嬢さんの方が扱いやすいです。ああ、あと、あなたの方が軽いですね?」
意外と口が悪いなこの男。
がっちり腰を抱えられているため、上手く動く事が出来ない。拳で腹を殴れば良いだろうかと思ったが、この状態ではさして威力はないだろう。
しまった、これは想定外だ。ヴェントはにっこり笑いながら、
「というわけで、このまま少しお付き合いをいただきますね。そうそう、動かないでくださいよ、お兄さん?」
「くそ……」
兄が悔し気に顔を歪める。ヴェントは満足そうに頷き「それでは……」と部屋から出ようとした時。
『見つけたぜ、ヴェント・マリーノォォォ!!!』
空気がびりびりと震えるレベルの怒声が、飛空艇の外から聞こえてきた。
今度は何なんだ。
声の方、窓の外へを目を向けると離れた位置に先ほどの金色の飛空艇が確認できた。オーロ・ファミリーの飛空艇だ。
どうやら青色の飛空艇との撃ち合いをやめて、こちらを追いかけて来たらしい。
シャヘルの飛空艇は結構な速度が出るのだけど、あちらも負けていないようだ。
本当に飛空艇技術の進化は目覚ましい。
――――なんて思っている場合じゃない。
先ほど聞こえてきた怒声は、恐らくあの飛空艇からのものだろう。
しかもその言葉を向けられた対象は、私を抱えている空賊だ。
『てめぇヴェント! 良くも利用してくれたなァッ! てめぇ、分かっててやったんだろクソがッ!』
再度、怒鳴り声が響く。
スピーカーの音量を最大にでもしているのだろうか、耳を塞ぎたくなるくらい煩い。その場にいた全員が顔を顰めている。
『何の話だ! ヴェント・マリーノなど、この船にはいない!』
今度はシグルド様の声が響く。同じようにスピーカーを利用しての反論だ。
飛空艇同士で会話をする時は、通信機器で行われるのが普通だ。しかしどうやら向こうの飛空艇に通信は届かなかったらしい。これだけ近い距離ならば、よほど質の悪い通信機器を使っていなければ、相手が空賊だろうと届くはずなんだけど。
『ハッ! おめでたいな! 乗ってんだよ、とうの昔にな!』
馬鹿にしたような声が金色の飛空艇から届く。
「とうの昔というよりは、ついさっきですけどねぇ」
馬鹿でかい音量のやり取りを聞きながら、当の本人は涼しい顔である。
慣れているのか、何なのか。
……まぁとりあえず、怒りの矛先が私じゃなくてこの人で良かったことには安心しておこう。
「しかし、あの距離からよく見つけましたねぇ。あいつは本当に視力だけは良い」
「いやボス、そんな呑気な……というかかなり怒ってるじゃないですか。今度は何を仕掛けたんです?」
「いやですねぇ、人聞きの悪い。私はただ、この飛空艇に『マリーノ・ファミリーが狙うお宝が乗っていますよ』って噂を流しただけですよ。嘘は言っていません」
困り顔で聞くロメオに、ヴェントは悪びれもせずそう返す。
いやまぁ確かに嘘は言っていないな、それは。彼は確かに宝を狙ってきたのだから。実際に本人もやって来たし。
もちろん利用したのは確実だろうけれど。
『…………あ! てめぇ! ヴェントとイチャイチャしてるそこの女ァ! てめぇ、この間うちの仲間を、牢にぶち込んでくれた奴じゃねぇか!』
あっバレた。どうやら本当に視力は良いらしい。
まぁ双眼鏡あたり使っているのかもしれないけど。
というか、
「これのどこがイチャイチャしているように見えるんですかね」
「ああ、視力は良いど頭の方が馬鹿なんですよ」
身もふたもないことを言って、ヴェントは「やれやれ」と肩をすくめてみせる。
『てめぇらグルだったんだな!? あー、そうかよ! 腹が立つ奴だぜ本当によぉ! こうなりゃまとめてぶっ飛ばしてやるから覚悟しろ! おい、突撃準備!』
そんなやり取りをしていると、金色の飛空艇の空賊はとんでもない事を言い出した。
金色の飛空艇はすぐさま向きを変え、船首をこちらに向けて速度を上げ始めた。
だんだん近づいてくる飛空艇を見て、ここでようやくヴェントが顔色を変える。
「あの馬鹿、この飛空艇に体当たりでもするつもりか?」
「体当たりって……あちらも無事じゃ済みませんよ!?」
「あの見た目、派手でしょう? 目立つんですけどその代わり、的になっても良いように、かなり頑丈に作ってあるんですよ」
派手で目立つなとは思っていたけれど、その見た目にするためにちゃんと考えて作られた飛空艇だったようだ。
ならなおさら、あの勢いでぶつかられたらこっちの船体が壊れる。穴が開いて言葉通り『顔を出す』ことになりそうだ。
話を聞いたシンディとウィルソンは青を通り越して白くなった顔で、
「いやー! 死にたくない! 死にたくないお父様! ノア様ぁ!」
「たたた助けてくれ、ノア君!」
と兄の足に縋りついた。これには兄も目を剥いて、
「ちょっと、落ち着いて! とにかく君達は一度部屋の外へ」
「死にたくない! いやー!」
しかしシンディとウィルソンはだいぶパニックになっているようで、聞こえてない様子である。
そんなやり取りをしている間にも、飛空艇はすぐ近くまでやって来て。
少し遅れて大きな音と振動が響き、船首が突き刺さった飛空艇の船体に大きな穴が開いた。
ちょうどこの部屋と、隣の部屋の中間に、船首が突き刺さっている。
慌てて首を回して全員の状態を確認するが、押しつぶされたり、怪我をしたりしている様子はなかった。
『ハッハァ! いたなヴェント! おい野郎ども、とっとと乗り込んで……』
相変わらず響いてくる馬鹿でかい声。
しかしそれに反応する者はいなかった。否、出来なかったという方が正しい。
何故ならぶつかった衝撃で、こちらの船は斜めに傾き、
『あっヤベ』
――――その部屋にいた全員は、壁に開いた穴から空中に放り出された。




